「は……?だが、生贄なんて、そんな大昔のこと……」
「その大昔のことを復活させたってわけ。見てわからない?儀式用の装束を着せられて、抵抗できないように両腕の自由を奪われた、どこからどう見ても哀れな生贄って感じでしょう?」
くるりと一周まわって、ついでのように微笑んでみせると、男はぐっと黙りこんだ。
「……事情はわかった」
低い声でそう言うと、彼はエレノアの後ろにまわりこむ。そしておもむろに、彼女の両腕を縛める縄に、手をかけたのである。
締め上げる、というよりは、緩ませるような動きを感じて、彼女はほんの少し戸惑う。もしかして、解いてくれるのだろうか。
(……魔物にほどいてもらえるとは、思ってなかったわ)
内心のびっくりを隠しながら、彼女は平静を装って身を任せる。本当は色々なことに混乱がおさまりきってないけれど、もう一々構っていられない。
(この人が、きっと魔物よね……。普通の人間、だとはさすがに思えないし。生贄を食べるつもりはないみたいだけれど……)
ちらり、横目でエレノアの縄をほどいている男の姿を窺う。眉はひそめられていて、とても機嫌が良い、というふうには見えない。
(……歓迎されている、というわけではなさそうね)
彼は繰り返し「人間はいらない」だとか「連れてくるな」と言っている。それはつまり、そういうことだろう。
(会った瞬間に食べられる想像はしていたけど……これは、予想外だわ)
彼がどのような理由で「人間を連れてくるな」と言っているかはわからないけれど、もし人間が嫌いだという理由なのであれば、彼女の聞きたいことを教えてもらえる可能性は絶望的になる。
(それでも、殺せと言わないのだから、そこまで非情な人ではない……のかしら)
ちらり、もう一度背後を窺う。縄を解こうとする男の手つきはとても丁寧で、やはり悪い人ではないかもしれない。もちろん証拠はどこにもない。けれど、もはやそれにかけてみるしか、ないのだ。


