「随分余裕だな。怯えて泣き喚くかと思っていたが……魔女ゆえか」

目の前の男が再び声をあげる。なるほど確かに、普通の女にとってこの状況は怯えずにはいられないものだろう。薄暗い空間に連れ込まれて手足の自由を奪われ糾弾されて、けれど声さえ震わせずに落ち着いて話をする余裕を見せるエレノアの姿は、彼らの目にさぞ異様に映るのであろう。

(私が怯えないのは、別に魔女だからではないのだけど)

先ほど、ラザレスの心が失われてしまったのではないかと思ったときに味わった身の毛のよだつような【恐怖】という感覚は、今はすっかり身を潜めていた。普通ならこのような状況にこそあの感覚を味わうのだろうと、彼女はどこか他人事のように考える。

「……魔女じゃないわ。私は人間よ」

思考を脇に追いやって、彼女は再度繰り返した。このまま魔女だと担ぎ上げられてしまったらたまらないと、本能が告げていた。

「黙れ!人間の名を騙るとは何事だ!森から我らの街に呪いをかけるだけでは飽き足らず、この街へ忍び込んで何をしていた?」

「言い掛かりよ。この街を呪うですって?どこにそんな証拠があるの?」

「小賢しい口を利くな……!」

一層憎々しげな声を上げたと思えば、男は突然掴んでいたエレノアの髪ごと後ろに突き飛ばす。支えを失ったエレノアは身動きも取れずに地面に打ち付けられた。

「っ……」

がしゃんと、エレノアの両腕を縛める鎖が重い音を立てる。 体勢を直そうと身を起こしかけたエレノアだが、それは男がのしかかるように口を塞いできたため叶わなかった。