黒き魔物にくちづけを

ビルドはと言うと、先ほどラザレスから抜いてそのままになっていた矢を眺めていた。そしてエレノアの言葉に振り返ると、ゆっくり口を開いた。

「えーのあ、これ、へんなニオイする」

「変……って」

「かしらのチのニオイじゃない。もっとイヤなニオイ……」

エレノアははっと息を呑む。明らかにおかしいラザレスの容態と、刺さっていた矢から嫌な匂いがするというビルドの言葉。それらをひとつに繋げるとすると。

「まさか……毒?」

「……ビルドも、そうおもう」

それ以外に考えられない。確かに寄って見てみると、抜かれた矢尻は青く変色していた。遅効性の毒が、今になってじわじわとラザレスを内側から蝕んできたのだろう。

「なんてこと……!」

狡猾なやり口に、エレノアは怒りを覚えて唇を噛んだ。すぐに何か手は、と考えるけれど、不幸なことにこの館に毒消しは無かった。

「かしら、まだ、ダイジョウブだとおもう。デモこのままだと、チョット、まずい」

「そんな」

ビルドが『このままだとまずい』と言うなど、相当な事だった。今までこのカラスは、ラザレスが大怪我をした時でさえ『かしらならほっといてもヘーキ』と楽観していたのだから(いや、実際真実なのだろう。魔物の自然治癒力は人のそれとは段違いなのだから)。

そのビルドが、このままだとまずいと断じるのだ。エレノアは迷わずに立ち上がった。

「えーのあ?」

「……街に行くわ。セレステの店で毒消しを貰わないと」

エレノアの言葉を聞いたビルドが、ぎょっとしたように翼を広げた。

「だめだよえれぬー、マチは、ニンゲンいるよ。マジョが……」

「分かってるわ」

彼女は迷いの無い目をビルドに向ける。その視線に射抜かれて、カラスが続きの言葉を呑み込んだのが分かった。

「あの街には私の顔を──『魔女』の顔を知っている人間がいる。でも何もしないで、苦しんでいるラザレスを指くわえて見ていることなんて出来ないもの」