頬に添えられた手に、自分のものを重ねる。いつもよりも温度が低い気がするそれをしっかりと握って、エレノアは正面から彼を見据えて語りかけた。

銀の瞳が、おどろいたように広げられる。そこに映るエレノアの姿が、揺れた。

「だが……ここにいたら、また同じことが起こるかもしれない。それに俺は、お前を一度【壊して】いるんだぞ……!?」

エレノアを一度【壊した】。彼女本人に覚えのないその言葉は、彼が前にも言っていた、彼女の過去に関わる言葉だろう。けれどエレノアは、壊されたことなんて知らない。その記憶ごと、なくなっているからだ。そして──今の彼女にとっては、そんな過去などよりも現在の方が数段大切で。

エレノアは、一度息を吸ってから、続けた。

「……そうね、またあの人たちは来ると思う。私のことを魔女と呼んでいたでしょう?彼らは森に、災厄をもたらす魔女が住んでいると思っているそうよ。だからきっと、また魔女を捕まえに来るわ。だからと言って、顔を見られているから、街に行ったらすぐに捕まってしまうでしょうし。……だからね、安全な場所なんてものがあるとしたら、それはもうあなたの隣しかないの」

静かにそう告げる。ずるい言い方かもしれないと思ったけれど、その言葉は恐らくは真実だった。森はいつ人間が来るかわからないし、街に行くことは捕まりに行くようなものだし、他の町や村へ行ったところで黒を受け入れられずに迫害される。どこへ行っても追われる身である彼女が唯一安全に過ごせるとしたら、それは絶対的な味方──ラザレスの、隣しかなかった。

「あなたは私を【壊した】と言うけれど、それは昔の話でしょう?今の私を救ってくれているのは、ラザレス、あなたなの。だから、私はここにいたい。ここに、いさせてはくれないの?」