黒き魔物にくちづけを


血を吐くような叫びだ、とエレノアは思った。それは、心の奥底からの、熱い想いの奔流。

少女は諦めている訳では無い。むしろ、諦められないから、己の運命を悲しんでいるのだ。

「……間違いなわけ、ないわ」

ゆっくりと手を伸ばして、彼女の瞳からこぼれ出した涙の雫を拭ってやる。肯定されると思っていなかったのだろうか、少女は驚いたように目を見張ると、さらに涙を流した。

(……どうして、こんなことになってしまったのかしら)

少女を宥めながら、エレノアは考える。ここ数年で、町の者の抱く恐れは強まっている。その原因は、何なのだろう。天候不良や、安定しない物価も、確かにその一つではあるだろう。けれど、それよりも。

(……私が、いたから?)

エレノアのもつ【不吉な黒】という材料が、目に見える形となって彼らの前に現れてしまったから。恐れていた見えないものが、目に見えるようになったら……恐れを掻き立てられるのは、自然なことなのではないだろうか。

(私が、この子を生贄にしてしまった……?)

──彼女には、浮かんだその考えを否定してくれる"誰か"は、いなかった。

「……魔物は、恐ろしい?」

ちりりと、胸に浮かんだ罪悪感を誤魔化すように、少女にそう尋ねてみる。

少女はぴくりと肩を震わせて、俯くように頷いた。

「魔物は、きっと私を殺します。食べられてしまうのかもしれません。……恐ろしい、です」

「……そう、ね。そうよね」

恐ろしい、と。偽りなく告げられたであろう少女の言葉は、エレノアの胸の奥深くまで響いた。

「……生きたい?」

低い声で、問いかける。どうしてそうしたのかは、自分でもわからなかった。ただ、少女の口から、その答えを聞きたいと思った。

少女は、躊躇いなく顎を引いた。

「生きたいに、決まっています……!私は、まだ死にたくなどありません……!!」

そして、続けられた少女の叫びに。

エレノアは一瞬、言葉を詰まらせた。