屋敷を出て十数分。大きくなったビルドに掴まれての空中散歩を終えたエレノアは、ある街に近い森の中に降り立っていた。
最後の確認とばかりにビルドに言い聞かせると、彼は大きく頷いて、それから翼を広げて空へ飛び立っていった。エレノアが買い物を終えたら、再びここで落ち合う予定になっている。
小さくなっていく黒い影を見送りながら、エレノアは大きな布を目深に被る。荷物を背負い、地味な服装に身を包んだ彼女は、遠方からの旅人にしか見えなかった。
最後に自分の姿を見下ろして確認を済ませると、彼女は人気のない木陰から身を出して街への道のりを歩み始めた。
この街は、当然ながらエレノアがいた町ではない。それとは反対方向に位置する、彼女がまだ行ったことのない、そこそこ大きな街だった。人の多い街は揉め事も多いので住む場所に選んだことはなかったのだが、買い物をするだけならうってつけだと思ったのだ。何より、屋敷から一番近かったし。
(ちゃっちゃと終わらせて帰りましょう。それこそ、ラザレスが心配するもの)
出発直前の彼の様子を思い出す。エレノアのことが心配なのと、自分だけ留守番であることを寂しがる様子は、しゅんとした家犬を彷彿とさせた。彼はどちらかと言うと狼であるはずなのに、どうにも犬っぽく見えてしまう瞬間がある。
そんなことを考えるうちに、街の入り口が見えてきた。
(門も閉じてない、人の出入りもある、入り口に動物の死骸も吊り下がってない……大丈夫そうね)
これまでの経験から、入っても平気そうな街だと判断して、彼女は足を踏み入れた。
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結論から言うと、買い物は順調に進んだ。
彼女の見立て通り、ここは大丈夫な街だった。このアクトンという街は、都へ上る大きな道の途中にあるため交易が盛んで、さまざまな人を受け入れているらしい。素性不明の彼女が歩いても、追い出されるようなことはなかった。


