黒き魔物にくちづけを


すると、それまで黙って会話を聞いていたラザレスが口を開いた。

「うん、それがいいだろう。何かあってもビルドがいれば安心だ。ビルド、わかっているだろうが、エレノアになにかあったら……」

「ミナゴロシ?」

「……そうじゃなくて、すぐここまで連れて帰ってこい」

相変わらずさらりと物騒なことを言うビルドに、魔物は複雑な表情で念を押した。こくこく頷くカラスを尻目に、彼女はつい口を挟んだ。

「……ラザレスって、意外と過保護よね」

森へ行けば迷子になるんじゃないかと心配しだしたり、今朝もわざわざ玄関で待っていたり。これまでのことを思い出しながら言うと、彼は真面目腐った顔で頷いた。

「当たり前だろう。自分の番(つがい)のことを心配しない生き物がどこにいる」

「つが……」

予想だにしなかった一撃に、エレノアは思わず絶句する。些細なことで大袈裟なくらい動揺するのに、どうしてこういうことはさらりと言ってしまえるんだろう!

「……じゃ、じゃあ私もなるべく早く帰ってくるわね。旦那様に心配かけるのは心苦しいもの」

一瞬の動揺から立ち直ったエレノアは、仕返しとばかりに旦那様を強調して言った。やられたぶんはきっちりやり返す主義のエレノアの攻撃は、彼の目を大きく見開かせた。

「あ、ああ、そうか」

口ぶりだけは何とか取り繕ってはいたが、視線は泳いでいるし机の水差しは倒すしで動揺はばればれだった。残念なことこの上ない。

「……かしら、ざんねん」

やりとりを見ていたビルドがぽつりと呟く。カラスにしては珍しく、的を得たコメントであった。





「じゃあ、行ってくるわ。ビルド、飛んでいるのは良いけれど、くれぐれも町に近付き過ぎないように。石とか投げられても知らないわよ」

「わかったー」