黒き魔物にくちづけを


けれど──次の瞬間、彼の真っ黒な全身を見たエレノアは、こらえきれずに吹き出した。

「代わりに……って、そんな黒いなりして何言ってるのよ。あなたが町へ行ってごらんなさい、私以上に弾圧されるわよ。……でも、心配してくれたのよね、ありがとう」

「……そうか」

間抜けなものではあるけれど、真面目に提案してくれたことは嬉しかった。こそばゆいような心地で彼女がそうお礼を言うと、彼は短く返事を寄越した。

ラザレスはまだ不本意そうではあったけれど、とりあえず納得はしてくれたらしい。話は済んだだろうかとほっと一息つくと、思わぬ声が飛び込んできた。

「えるなー、ずるい!ビルドも、マチ、いく!」

ビルドだ。カラスは翼を大きく広げて、まだ見ぬ地への興味をあらわにしていた。

まさかそう来るとは思っていなかったエレノアは、ちょっと困りながら口を開いた。

「え……、いや、でも、鳥と会話なんてしてたら、旅人のふりをしてまで行く意味がないじゃないの。あとエレノアね」

「いく~~~~~!えれぬー」

いくらなだめても、ビルドはまるで駄々っ子のように主張を繰り返している。ちなみに、発音は直っていない。

「……それなら、私が買い物をしている間町の上空を飛んでいられる?それなら、ついてきてもぎりぎり大丈夫よ」

「うん!うん!とんでる!」

何度も大きく頷くビルドに、エレノアはやれやれと息をついた。この阿呆烏にはじめこそ驚いたものの、最近すっかり慣れて憎めなくなってしまっている。

「わかったわ。じゃあ、それで良いわよ。ついでに行きと帰り、町の近くまで連れて行ってくれるかしら?あなたが飛んでくれたらかなり楽なのだけれど」

「まかせて!!」

ちゃっかり付け足した頼みごとを、カラスはすぐに快諾した。交渉成立である。