あの時私は

いつもの授業。先生の問題を解く声がお経の様に聞こえ眠気が襲う。
いかんいかん!隣には大竹がいるのに眠りこけるなんて恥ずかし過ぎる!
集中しなきゃ...。
杏里はおもむろにシャーペンを握るとノートに沢山の花とリボンと独自で作ったキャラクターを描き始めた。
みるみる眠気が覚めいつしか没頭するようにシャーペンを走らせていた。
パンパンに膨れ上がったペンケースから彩り豊かなペンを取りだしひたすら着色作業をする。
いつの間にか授業は終わっていた。
杏里のノートはカラフルに縁取られ重要な所にはキャラクターの吹き出しと共に
中間に出る!!
と念を押して書かれていた。ただ杏里の頭の中にはこれっぽっちも授業の内容は入ってなく、ノートを綺麗に飾れた充実感で胸がいっぱいになっていただけだった。
散々落書きしたノートと教科書を閉じ机にしまおうとした時、隣の席から大竹が話しかけてきた。

「瀬山さんっていつもノートに可愛い絵描いてるね」

ドキッとした。

「えっ...、まさかいつも見てるの?」

恐る恐る杏里が聞く。

「うん。」

どひゃー!!本当に恥ずかしい所ばかり見られている。

「この前も美術室の前で目合ったよね?」

この男は確信犯なのか。杏里が赤面する内容ばかり連投して質問してくる。

「そ、そうだったっけ?いつ?」

バレバレな嘘をつく。

「部活の時。俺野球部なんだけどいつも美術室の前で着替えたりするから、その時目が合ったよ!」

「...えーっ!嘘だー!てか大竹野球部なんだ。」

全く自分でも白々しいと恥ずかしくなる嘘。

「目合ったよ!俺が着替えてる時に目が合うなんて瀬山さんのえっちー!」

大竹が笑顔で杏里をなじる。
いっきに押さえきれない顔の赤みが沸騰したように杏里の頬を染めていく。

「大竹だって授業中私のノート盗み見するなんて、そっちのがエッチじゃん!エッチー!」

なんだか恥ずかしいのに、こんなに大竹と話せてる事が嬉しくて自分の心が描き乱されるような感覚になる。
言い合いはそれから休み時間中ずっと続いた。
杏里には幸せな時間だった。


午前の授業が終わり給食の時間。大竹はよほど杏里の反応が楽しかったのか、給食中もずっとその話題を持ちかけ杏里の顔を赤面させた。
給食が終わり昼休み。部活は一緒で小学生からの同級生なので仲良く遊んでいた時もあったが、ここ最近は別のグループにいた理香が話しかけてきた。
対で話すのは久しぶりでなんと振る舞えば良いか戸惑った。

「杏里ちゃんに話があるんだけど。」

深刻そうな顔で理香が言う。

「何?どうしたの?」

何事かと思い心配そうに返す。
人が周りにいない事を確認して理香が切り出す。

「杏里ちゃんって大竹の事好きなの?」

杏里にとってその質問は青天の霹靂だった。

「...なんで?...」

杏里はその一言を言うので精一杯だった。
それしか頭に浮かんで来なかったのだ。

「さっきの給食の時とか休み時間の時とか見てて、杏里ちゃん顔赤くなってたし、なんか凄く楽しそうだったから...」

理香からこんな事を言われるとは思っても見なかった。
ヤバい...やっぱり顔に出てたんだ。とっさに思い付いた嘘でごまかす。

「違うって!あれは大竹が変な事言うから恥ずかしくなって赤くなっちゃったんだよ!勘違い!」

念を押すようにきつく語尾を強調する。

「...そっか...ならいいや。ごめんね!変な事聞いて!」

理香はにっこり笑顔を浮かべながら教室を出ていった。
なんであんな事聞いてきたんだろう...。
もちろん杏里は誰にも自分の気持ちを告白していない。それどころかばれないように必死で態度や言動を隠していたのだ。もっと気を付けなくちゃ...。
この気持ちは自分に自信がついた時に大竹に告白しようと思っているんだ。
ただなんで理香があんな事を聞いてきたのかが腑に落ちない。仲が良かった時期もあるがその時から好きな人の話などしたことがないし、さしてお互いそんな話題振られても興味はないはずだ。とくに理香は。

腑に落ちない気持ちを押し込めて残り少ない昼休みを過ごすのに杏里は田中の所に足を運んだ。