キーンコーンカーンコーン

予鈴がなるとガタガタと椅子を引きずる音とともに担任教師の田丸章子が教室に入ってきた。田丸の担当教科は英語。夏休みにたんまり出されたドリルやらプリントを机の上に用意する生徒達。
もちろんその中に杏里も堂々とした姿で着席する。

「みなさん、長い夏休みの後で頭もぼーっとしてると思いますがまず先に夏休み前に出された宿題を集めたいとおもいます。一番後ろから言われた宿題を前に回して下さい。」

皆言われた通りに後ろから順番に宿題を回していく。
生徒達は夏休みの出来事や宿題が多かったなどとぶつぶつ友達と話ながら談笑している。
杏里は清々しい気持ちで夏休み血眼になってやっつけた宿題を後ろの子の上に乗せ前の子におくる。
なんて嬉しいことなのだろう!宿題が出せた!合ってるかどうかなんてどうでもいい、言われた期限に宿題をやって出せた事が一番嬉しい杏里。こんな清々しい気分味わったことがない。
斜め後ろの大竹は杏里のやってきた宿題を見て、少ししっかりしてる子なんだな...などと思ってはいないだろうか。顔に出さないように必死に装ってはいたが、杏里の頭の中は嬉しさで顔が緩んでしまう。

「はい、みんなご苦労様。受験で色々大変だろうけど授業もしっかりしていくので、授業中寝ないように頑張っていきましょう。」

杏里の頭の中は少し軽くなった身体と想い人の事ばかりで、その後の授業は黒板に書かれた英文をただ書き写しながらノートの余白に小さな色とりどりの花をびっしり描いていた。



ホームルームで最後の授業だった。
一学期から変わらない周りの人々にもう少し他の子との交流をと考えられたのが席替えだった。
正直杏里はこのままでよかった。隣に座る偽善者はすごく居心地も悪く嫌だったが、何より後ろに座る静は優しいし、勉強も教えてくれる。給食の時なんかは静としか基本話さない。しかも斜め後ろは大竹。特に話すことなどなかったが班は同じだし、給食の時だって一緒にテーブルクロスをひけたり食べてる姿を盗み見できる...。
変態だなとは分かっていてもどうしてもやめられないし居心地がよかった。
いやだなって思ってるのはきっと私だけ...
結局くじ引きで公平に席を決めることに。
神様って本当にいるのかな...これまで誰にも迷惑なんてかけてこなかったし、警察のご厄介になんてなったことないし、ゴミは絶対ゴミ箱に捨てるように心がけている...。

神様お願い!!
贅沢言わないからせめて大竹の事盗み見できる近くの席にしてください!!!

祈るようにくじをひく。
書かれた番号は4。
死ねの4!?それとも幸せの4??
頭の中がぐるぐるとその言葉で支配されながら黒板に書かれた四角い網の目の中の4という数字が書かれた枠を見る。
中央の列の後ろから二番目だった。
名残惜しい気持ちを胸に杏里は机と椅子をガタガタと言わせながら4の場所に着く。まだくじ引きが終わっていない人もちらほら。
お前何番だった?後ろの席やったー!寝れる!うわー吉岡ととなりかよ~、番号変えてほしいんですけどー!
などと周りの生徒がざわざわとしていた。
隣と前後誰が座るんだろう...杏里はドキドキとしていた。杏里と中学一年生から同じクラスの田中あやかが杏里の席に近寄ってきた。

「山同じ列だけど私一番前だよ~」

「隣は三明征也だし...」

田中は杏里の事を親しみを込めて名字の下の漢字で呼ぶ。
そんな田中に杏里は親しみを込めて田中からタナと呼ぶようになった。見た目は地味だが性格が面白く、またマンガを読む趣味が合ってずっとつるんでいる一人だった。

「タナと三明いつも仲良さそうに見えるけど」

「あんな男ろくな死に方しないよ。ちょっかい出してきやがって」

杏里の目には兄弟のようにじゃれ合う仲良しの友達の様に見えていた。

「でもでも!斜め後ろが能城なのー!!もう嬉しくてたまらん!!」

涙を流しながら喜ぶ田中の顔は完全に恋する乙女だった。キラキラした目に杏里は羨ましさすら感じてしまう位だった。
私もあんなはっきり友達に気持ちを言えたら苦しい思いから解放されるのかな...
そんな考えに頭を占拠されているうちに、田丸がまだ席に着けていない者に怒声をあげる。
ガタン
ビクッ

大きな音にオーバー気味に驚いてしまった。
顔を見ようと横を振り替えると、そこには満面の笑みで座り

「今度は隣の席だね。よろしく」

そう杏里に話しかけてきた。少し面長で眉毛は太いがさっぱりした顔立ち、丸刈りの頭に、身長と体型が細長いのでいつもブカブカに見える制服。中3になって以外と身長が伸びてしまったのか手足の袖裾はつんつるてん。だけどなんだか憎めない愛くるしい笑顔につられ、杏里も顔がほころぶ。

「また大竹の近くだ。授業中寝ないでよ!」

精一杯のツンとした表情。顔が赤くならないように目を背ける。
神様っていたんだ!!私ずっと良い行いしてたし、きっとこれは天からのご褒美だ!!
杏里は誰にも言えない喜びを一人胸に詰めて今まで大嫌いでサボりぐせのあったあの学校を待ち遠しく、またいとおしく感じてしまった。