「ごめん、急に呼び出して。驚くよね?」
狼狽える私と違って彼は淀みなく語りかける。
優しく落ち着いた声音で。
「俺は海成高校3年の楢崎ヒカルって言います。
君は?」
「え、えっと…」
なんだかもう…自分の名前も忘れそう…
「私…
白鳥、です…。白鳥、香澄。」
「白鳥香澄さん?」
楢崎さんは私の名を一度復唱すると、口をつぐみ、ただ優しい視線を投げ掛ける。
私から何か話しかけることなんて到底できないので、そのままふたり、向き合ったまま黙りこんでいた。
冬の冷たい風が私たちの間を通り抜けてゆく。
沈黙に居たたまれなくなる。
きゅっと握った右手で口元を覆って俯いた。
楢崎さんの視線を感じるけれど、私は俯いていることしかできなくて。
綺麗に磨かれた楢崎さんの革靴の足元をただただ見つめていた。

