休日の朝、いつもは混雑していない車内が身動き取れないほどの状態だった。
「痴漢」なんていうのはか弱くて可愛らしい女の子しか狙われないものだと思っていたから、余計にその存在を認識したときの恐怖感は大きくて、声を出すどころか身動ぎ一つもできなかった。

「おっさん何してんだよ」

そのときの由鷹は紛れもなくヒーローだった。

私はパッと見男の子と間違えられても仕方ないような自分が痴漢に遭っているだなんてとても言えなかった。
恥ずかしくて、情けなくて、心が冷えていくのを感じたその瞬間、由鷹は助けてくれた。

「怖かったよな。もっと早く気付けば良かったのに、ごめんな」

駅について男を引き渡した後、由鷹は私に向かってそう言った。
助けてくれた上にまさか謝られるとは思わなかった。

「そんな、ほんとにありがとうございました!まさか、私なんかがこんなこと…っ」

ほっとした安心感からなのか、そんなつもりもないのに涙がこぼれる。一度落ちた涙は後から後から湧いてしまう。
初対面の人の前で泣くなんてと恥ずかしくてうつむくと優しい手のひらが頭に乗せられた。

「…びっくりしたよな。もう人もいないから泣いても大丈夫。辛いときは我慢しなくていいよ、女の子なんだから」

由鷹のその言葉は衝撃的で、初めて自分が女の子だったんだと自然にすとんと胸に落ちてきた。

差し伸べられた優しさに、20歳にもなって人前で、しかも初対面の人の胸の中で泣いてしまった。

それが由鷹との出会いだった。