「じゃ、椿の部屋に突入~!」




いやにテンションが高い。

美鈴は扉を大きく開いて私の部屋に飛び込んだ。

整理中だからまだ服が散乱している。

キャリーバッグは変に半開きだし、段ボール箱からも色々はみ出してるし。




「わっ、このニット帽可愛い!
これ椿の?」




私以外に誰のものなんだ。


美鈴は羨ましそうに目を輝かせながら私のニット帽を拾い上げた。

紺色のニット帽は無難で服にも合わせやすいからお気に入りだ。




「可愛いでしょ。美鈴は帽子とか持ってないの?」


「私あんまり帽子とか似合わないんだよね。
キャップとか憧れるんだけど私全然似合わなくてさ。」


「そうなんだ。」




そういえば私の中学の友達も帽子に憧れてたけど全然似合わないって嘆いてたな。

そんな子はどこにでもいるんだ。

たまに雑談を挟みながら2人で片付けていく。

次第に床は見えてきて部屋も綺麗になっていった。

もう美鈴の手を借りるまでもないし、後は1人でしよう。




「ねぇ、みす


コンコン


「あれ、誰か来たみたい。開いてるよー!」




誰かのノックで私の言葉は遮られ、美鈴がまるで自分の部屋のように返事をした。

カチャッと開けられた先には本田くんが立っていた。




「蛍さんがもう帰るらしいから何か連絡ないかって。
あと風呂入れたらしいから吉岡入っちゃってってさ。」


「あ、分かった!蛍さんには連絡ないって言っといて。
椿は何かある?」


「えっ?あ…無いよ。」


「ならいいや。
早く入らないとイズミさん帰ってきちゃうからね。」


「わーかってるって。」




美鈴が右手で丸を作ると本田くんはそれをチラッと見てから扉を閉めた。

蛍さん帰ったんだ…。

そういえばここに住めない理由って何なんだろう?

部屋はまだ余ってるぽいし、1階の突き当たりには部屋っぽい所があったからてっきりそこが蛍さんの部屋なんだと思ってたんだけど。




「蛍さんってどうしてここに住んでないの?
大家さんなんでしょ?」


「んー?大家なのは大家だけど住み込みの大家じゃないんだよね。
理由は色々あるんだけどね。
例えば、人と住むのは気持ちが悪いとか、自由がない、とか。」




それなのに大家をしているのか。

それとも大家をしているのには何か理由があるのだろうか。




「蛍さんは皆の世話が終ったらアパートに帰って、朝イチにここに来てご飯作ってくれるんだ。」


「えっ?ご飯作ってるのって蛍さんなの?」


「そりゃそうじゃん!大家だもん。」




ってことは晩ご飯を作ってくれたのも蛍さん?

凄く美味しかったんだけど!

あんな見た目で料理上手なの!?

なんか騙された気分なんだけど…。

それにわざわざアパートに帰ったり行ったりするの大変じゃないのかな?




「じゃあ私イズミさんが帰ってくる前にさっさとお風呂に入ってくるから。
上がったら部屋の片付け手伝うね。」


「だいぶ片付いたし後は1人で大丈夫。
ありがとう、美鈴。」


「こんなのお安い御用よ。」




美鈴はパチンとウィンクするとパタパタと部屋から出て行った。

…ふぅ。

今日は色んな人と話して少し疲れちゃった。

蛍さんに、天、美鈴、イズミさん、日々谷くんに本田くん。

うん、だいぶ名前は覚えられた。

美鈴はコミュニケーション能力が高くてあっという間に仲良くなれたし一緒に学校に行く約束もした。

イズミさんはお姉さんぽくて頼れるし、日々谷くんはちょっとチャラそうだけど面白いし、本田くんも優しい。

蛍さんはホストみたいな見た目だけど料理上手で色々とお世話になりそうだし。

天は…。

天はよく分からない。

あまり喋らないし、ご飯の時だってほとんど無口だった。

歳も、学校も、何一つ教えてくれなかったし、ご飯の時だって一度も目を合わせてくれなかった。

まぁ私が向こうを見てないって言うのもあるんだけどさ。

とりあえず、何とかここで暮らしていけそうだ。

祖母に手紙でも書いてあげようかな。

そうすれば少しは安心してくれるかな。