荷物整理をしている内に夜になり、晩ご飯の時間になった。

蛍さんから呼ばれ、階下に降りてからダイニングに向かった。

テーブルには5人の男女が座っていた。

テーブルには指定席があるらしく、私は空いていた1番左の席に座った。

向かいには天が居て、軽く頭を下げられた。

真似して私も頭を下げる。




「荷物整理は終わったの?」


「まあ大体。あともう少しかな。」


「そう。何か困ったことがあれば言ってね。」


「ありがとう。」




案内を命じられた時は面倒くさいと嫌がっていたが、案外天は面倒見がいいらしい。

キャリーバックも運んでくれたし。




「おい、天。お前ナンパしてんじゃねーよ。」


「そんな事してません。」


「どーだか。」





蛍さんがハッと息を吐き出すように喉で笑う。

天はそれから無言でもくもくと食べ進めた。




「ねね、君今日から入居の子?」




隣に座っているボーイッシュな女の子が身を乗り出すように訊いてくる。

髪は短めで男の子のような印象を受けるが、顔立ちは愛らしく女の子らしい。

人懐こい笑みを浮かべ、あっという間に人の懐に入ってくるような感じだ。




「はい…。森本椿です。」


「おお、そっかそっか~!椿ちゃんか~。
私はさは「おお、そうだ。飯ん時に自己紹介してもらうんだった。」


「ちょっと蛍さん!私今、自己紹介中だったのにー!」


「あ?悪い悪い。」




全く悪いと思っていないような口ぶりに彼女は頬を膨らませる。

その顔に、彼女の向かい側、つまり天の隣に座っている男の子がケラケラと笑った。




「駄目だよ、イズミちゃん。そんな顔したら。
せっかくの可愛い顔が台無し♪」


「まーたアンタはそんな事言って…。」


「ふふ、だって本音だもん。」




何だ、この軽い人…?

ジッと見ているとパチッと目が合い、ヒラヒラと手を振られた。

黒髪がサラサラと揺れる。

猫目で人当たりの良さそうな笑顔。

モテるだろうなぁ。




「でさ、自己紹介の続きだけど、私4号室の佐原泉!高2だよ。
商業のビジネス科に通ってマース。
ちなみにバレー部ね。髪が短いのは部活の関係上致し方無く…。」


「イズミ…?」




耳慣れた名前に首を傾げる。

確か蛍さんの名前も…。




「そう、私と蛍さんって名前が被っちゃってるんだよね~。
まあ蛍さんは名字で私は下の名前だけど。」




だから天は“蛍さん”と呼んだ方がいいと言ったんだ。

“和泉さん”だと佐原先輩と被っちゃうから。




「佐原先輩は地元が遠いからここに…?」


「うーん、そんなに遠くはないよ。学校まで1時間くらい?
でも朝練とかあるからさ、下宿住まいにしたの。
それと、“佐原先輩”とか堅苦しいのは無しにしよ?
今日から一緒に住むわけだし。」


「なら…」


「イズミさんって呼びなよ!私もそう呼んでるし。」




私から1番遠い、イズミさんの隣の席の女の子がニコッと笑う。

ふわふわの髪の毛に、ナチュラルメイク、可愛らしい顔立ち。

天使みたいに可愛い女の子に思わず見とれた。




「あ、私5号室の吉岡美鈴!気軽に美鈴って呼んでね!
私も椿って呼ぶから。
椿と同じ高1だよ!」


「そうなんだ、宜しく。」


「うん、宜しく。
あ、そうだ。椿って高校何処?私城西なんだけど。」


「あ、私も城西…。」


「本当!?なら一緒に学校行こうよ!
誰も同じ学校の人居なくて1人で行ってるんだけど寂しくてさぁ。」




美鈴がしょんぼりと落ち込む。

一緒に登校、か。

別に嫌じゃないし、美鈴と仲良くなれるかもしれない。

下宿生とちゃんと仲良くなっていないとこれこらの生活に支障をきたすだろう。




「うん、いいよ。一緒に行こう。」


「やったー!ありがと、椿!
なら明日私が起こしに行くねー!」




ほぼ初対面の人に起こされるのか。

寝顔とか見られたくないし、出来れば起こしに来ないで欲しいが彼女の好意を無下にも出来ない。

さすがに申し訳なさを感じる。

だから無難に「ありがとう」と礼を言った。




「俺は2号室の日々谷零。椿ちゃん、宜しくね!」


「あ、うん。よろしく。」


「そだ、まだ荷物整理とか終わってないんでしょ?
なら俺が手伝おうか?
力仕事とか任せてよ!」


「こら、零!男女間の部屋の行き来は禁止だぞ。」


「場合が場合でしょー。致し方ない場合は行き来してもいいって蛍さん言ってたじゃないスか。
それに涼真くんなんて毎晩美鈴ちゃんの部屋に通ってるし。」




蛍さんからの雷も無視して日々谷くんは左隣の男の子をニヤニヤとしながら見た。

彼は眼鏡を掛けていて知的な雰囲気だ。




「人聞き悪い事言わないでくれる?
僕が吉岡の部屋に行ってるのは勉強を教えてるだけだから。」


「いいよなー、涼真くんは。
美鈴ちゃんの部屋に行くことが公式で認められてるんだから。
俺は絶対NGなのに。」


「普段の行いのせいだろ。椿に手ェ出したりすんなよ。」


「しないよ。」




日々谷くんは薄っぺらい笑みをニコニコと浮かべながら席を立った。

使った食器を水に付けると「じゃあね」と階段を上がっていってしまった。

どうやら部屋に戻ったらしい。




「おい、後自己紹介してねーのは涼真だけだぞ。
ちゃっちゃと終わらせろ。タリィから。」




蛍さんから促され、眼鏡くんはゆっくりと私を見た。

眼鏡の奥の眼はぱっちりとしていて純粋そうだった。




「…僕は1号室の本田涼真。高2。
一応森本さんの先輩に当たるけどタメ口でいいから。
あと、変に先輩とか付けないでね。
高校は君と同じ城西。」




簡潔に自己紹介を済ませると本田くんはさっさと席を立った。

そして日々谷くんの後を追うように部屋に戻った。