館の中は外観同様洋風で、外で見たよりも広く見えた。

思わずキョロキョロと見渡していると男の子が奥の方からヒョコッと顔を出して私を手招きした。

靴を脱ぎ、お邪魔する。

長い廊下の突き当たりはダイニングキッチンとなっているようで、大きなテーブルと綺麗なキッチンがあった。

そのテーブルに眼鏡をかけた男の人が座っており、ハッと顔を上げたかと思うと私を見定めるようにジロジロと眺めた。




「お前が今日から下宿する奴か?」


「はい、そうです。」




そうでなければなんなのだと問いたい。

下宿生でも無ければ此処に入ってこないだろう。

男の人はテーブルに広げていたノートを閉じると眼鏡を外した。

よく見るとノートには“家計簿”とある。

この人が此処の大家…?




「俺は此処の大家をしている。
和泉蛍だ。」


「和泉…さん…。」


「この人のことは“和泉”じゃなくて“蛍さん”って呼んだ方がいいよ。」




キッチン前にはさっきのキャリーバッグを持ってくれた男の子が居て、牛乳をグビグビと飲んでいた。

しかも1リットルパックで。




「え…何で…?」




初対面で、しかも年上の人を名字のさん付けで呼ぶのは普通のことでしょ?

どうして“蛍さん”と呼んだ方がいいのだろう。

蛍さんは面倒臭そうに頭をガシガシと掻いた。




「まぁそれは追々分かるよ。
っつーか、お前、コイツと入って来たのか?
珍しいな。
お前が他人と関わるなんて。
惚れた~?」




蛍さんがニヤニヤとしながら男の子を見やる。

男の子は興味無さそうに未だゴクゴクと牛乳を飲んでいた。




「散歩から帰ってきたらキャリーバッグ持った子が居たから今日から入居する子なのかなーって思っただけ。
僕もう部屋に戻るね。」




トン、とシンクに牛乳パックを置くとさっさとダイニングキッチンから出ようとする。

蛍さんはその背中に声を掛けた。




「待てよ。
この子を部屋に案内してやれ。
ちなみに部屋は6号室なー。」


「何で僕が…。」


「此処まで案内したんだ。
なら最後まで面倒見てやれよ。
かるーく中も案内してやれ。」


「面倒くさいな、もう…。」




どうやら彼に世話になるらしい。

そう言えば私のキャリーバッグは何処だろう?

ダイニングキッチンを見渡すが、何処にも無い。

するとまるで私の心を読んだかのように彼が答えを与えてくれた。




「キャリーバッグなら階段の所にあるから部屋に持って行こう。
僕、田中天。好きなように呼んで。」


「なら天にする。
私は森本椿。」


「うん、適当に呼ぶ。
こっちだよ。」




案外天は面倒見が良く、丁寧に説明をしてくれた。

この下宿は3階建てで私が住む3階は女子部屋、天が住む2階は男子部屋、1階はダイニングキッチン、リビング、風呂、トイレ等共有スペースとなっているらしい。

下宿というだけあって勿論決まりはある。




1. 下宿生以外を泊めない
2. 異性の部屋を行き来しない
3. 無断外泊厳禁




それともう一つ、暗黙のルールがあるらしい。

それは“下宿生同士で付き合わないこと”。

そりゃ、一つ屋根の下で住むメンバーの中にカップルが居れば周りの人も過ごしづらいし、当人も気を使うだろう。

禁止、という訳では無いし大家本人も明言してはいないが皆、無意識に避けていた。

そして此処には私含めて6人の下宿生が居るらしい。

ご飯の時間になれば全員が揃うからその時に紹介すればいい、と言われた。