王太子と聞いて、ファシアスの胸に渦巻いていた漠然とした不安が、具体的な形を成してきた。

第一王子エルミド。

あの陰険で卑怯な男の噂はかねてより有名だった。
外見は綺麗で品があるが、その心は歪んで醜かった。自分が気に入らない者や事柄は容赦なく排除し、わがままの限りを尽くす愚か者。
特にその容姿に物言わせての女性関係がひどく、数多くの令嬢をたぶらかすだけでは飽き足らず、あまつさえ『聖乙女』アンバーをも密かに狙っている、というもっぱらの噂だった。
王族とは言え『聖乙女』に手を出すなど…いずれこの国を治める者として犯してはならない最低最悪の愚行だ。そこまでの卑劣漢とは思わなかった―――ファシアスは切れんばかりに唇を噛んだ。


もしかして、この事態はあの男が招いた仕業ではないだろうか。


アンバーの『御力』を凌駕する『力』など有り得ない。しかし振り払えない嫌な予感がファシアスの胸中を覆っていた。武人の勘が、このまま手をこまねいてはいけないとファシアスを煽っていた。