学校の手前の坂に差し掛かると、舞子が呼吸を整えた。
見上げるほどの高さに学校が立ちそびえる。
僕1人ならここで勢いよくペダルをこいて3分の2くらい上ってしまうが、舞子といる時間を1秒でも長くなるように伸ばしたくて自転車を下りた。
もちろん、舞子に全力で坂を上らせたくもなかった。
「押して行こっか」
「うん、つかれた〜。」
そのときちょうど鈴の音が鳴った。
舞子の家の鍵が落ちたのだ。
大事なものを落としまったときに気付くよう、念のために鈴をつけていたのだろう。
上り坂の段差でポケットから滑り落ちた鍵。
舞子が一旦、自転車をとめて鍵を拾う。
「鈴、つけといてよかった〜!」
そう言いながら舞子は、どちらが主役なのか、わからないほどの大きさの鈴のキーホルダー付きの鍵をポケットにしまった。
立ち上がって自転車のスタンドを上げた。
そのときの舞子の異変に僕はすぐには気付くことができなかった。
自転車のハンドルを握ったまま舞子が動かない。
ずっと前を向いて、何かを眺めている。
僕は舞子の視線の先を辿ってみるが、いつも通りの学校しか見つけられない。
そして、舞子の方を振り向いた頃には、舞子は何もなかったかのように自転車を押していた。
「大丈夫?」
心配になって僕は声をかけた。
「大丈夫、ごめんね。鍵落ちちゃった。」
僕が心配したのは鍵を落としたことではない、何かをぼーっと眺めていたことだ。
何もなかったと信じて僕は自転車を押し進めた。