凄腕救急医は離婚予定の契約妻を湧き立つ情熱愛で離さない


 数日後。美鶴は時任の本社ビルにいた。祖母の八重子へこの間の返事がしたいと伝えたところ呼び出されたのだ。
受付で名前を伝えるとすぐに八重子の秘書がエレベーターで降りてくる。
「志木様。会長がお待ちです」
 セキュリティーゲートを通り、エレベーターへと乗り込むと秘書はカードキーをかざし暗証番号を押した。不思議そうに見つめていたからか、「役員フロアーへはカードキーがなければ降りられないようになっているんです」と説明してくれた。
エレベーターを降り、カギのあるドアをあけて奥へと進む。ようやくたどり着いたそこに八重子の姿があった。
「いらっしゃい、美鶴ちゃん」
「こんにちは、おばあちゃん。……じゃなくて、時任会長」
 美鶴が慌てて言い直すと八重子はおかしそうに笑った。
「二人きりの時はおばあちゃんでいいわよ。まずはお座りなさい」
 いわれたとおりにソファに腰を下ろす。
「紅茶でいいかしら?」
「お構いなく」
「遠慮しなくていいのよ。シャンパンもあるけど?」
「じゃあ、紅茶をお願いします」
 八重子は鼻歌を歌いながら茶葉を選びティーポットにいれお湯をそそいだ。カップを並べ紅茶を注ぐと華やかな香りが広がる。それを一口飲んで、美鶴は話を切り出した。
「この間のお話、お受けできません。私はおばあちゃんの力にはなりたい。でも会社を継ぐことがすべてじゃない。それにね、私は今の仕事が好きなの。まだ一人前じゃないけど少しずつ成長できていると思う。今辞めてしまったら教えてくれている人達に申し訳なくて……。だからごめんなさい」
 美鶴は八重子を真っ直ぐに見た。怒るだろうか、それ悲しむだろうか。どちらにせよ自分で出した結論を変えるつもりはない。
「そう。残念ね……でも美鶴が自分で出した答えなら受け入れようと思っていたの。あなたの気持ちを尊重するわ。聡美にもそうしてあげればよかったってずっと後悔していたから……」
 八重子は涙をにじませている。
「ありがとう、おばあちゃん。私ね、ママの分も親孝行するつもりだよ」
「ありがとう、美鶴。じゃあ、本題に入りましょうか?」
「本題って?」
「四季リゾートの件よ。そのつもりで来たんでしょう?」
 そういう八重子の顔はすっかり経営者のそれに代わっていた。やさしい祖母の面影はない。美鶴は驚きつつもしっかりと頷いた。
「少し調べさせてもらったの」
「調べた? 社外秘なのに?」
「四季リゾートと松田組が進めている大規模開発の件よね? 令嬢との婚約破棄が引き金のようだけど、それだけが原因じゃないみたいね」
 意味ありげな笑みを浮かべる八重子をみて、美鶴はゴクリと唾をのんだ。時任建設は八重子の代で大きく業績を伸ばしたというのも頷ける。
「まあ、天下の時任が松田組の代わりというのは癪だけど、請け負わせてもらうわ」
「出来るんですか?」
「やるのよ。孫娘が持ってきた最高の案件だもの。わが社としては今後の事業計画を練り直す必要があるわね。さあ、会議よ。あなたも出なさい」
 八重子の一声で緊急会議が開かれ、役員たちがそろう会議室で美鶴は「孫よ」とだけ紹介されたのだった。