翌日。美鶴が出勤すると病院の通用口に透の姿を見つけた。
……どうしているの!?
透と会うのは明後日だと思っていた。当然心の準備など出来ているはずがない。だからといって引き返すわけにもいかない。美鶴はどうすることもできないまま透の前を通り過ぎようとした。
「待て、美鶴」
透は美鶴の腕を掴んだ。
「離してください。遅刻しちゃう!」
美鶴は振りほどこうとした。けれど男性の本気の力に抗えるはずがない。
「話が済むまで離すつもりはない」
きっぱりと透が言った。
「私は話すことなんてありません」
「俺はある。家にもいないしスマホも繋がらない。どれほど心配したか分かるか? いや。そんなことよりもこれはなんだ?」
透は美鶴の目の前に離婚届を突き出した。
「離婚届です」
「そんなことはわかっている。どうしてこんなものを書いた? 俺たちは愛し合っていたんじゃないのか? 答えてくれ美鶴」
愛し合っていた。もちろんそうだ。だからこそ離婚すると決めた。でもそれを正直に話してしまえば透は絶対に応じてはくれないだろう。
「愛してなんかいません。私は透さんとの契約で妻を演じていただけです」
自らの言葉が心を突き刺す。同様の痛みと苦しみを透も感じているのだろうか。歪んだ表情に悲しみの色が滲んでいる。
「じゃあ、演じ続けてくれ……俺には美鶴の存在が必要なんだ」
「それはできません。……もう、疲れました」
透の手から力が抜けていくのが分かった。後悔の念が押し寄せてくる。
「……わかったよ。それならせめて、離婚届は一緒に出しに行ってくれないか?妻の務めだと思って」
「わかりました」
本当は一緒になど行くべきではないのだろう。
また透に合えば気持ちが揺らぐ。愛していると伝えたくなる。触れたくて、触れて欲しくてたまらなくなる。


