「美鶴、起きてるか?」
寝る間際になって部屋に明彦が訪ねてきた。手にはホットミルクで満たした美鶴のマグカップが握られている。
「これ飲め。よく眠れるぞ」
「ありがとう」とカップを受け取った。けれど明彦はその場を立ち去ろうとしない。廊下の暗がりの中で寒そうに立ち尽くしている。
美鶴は部屋へ招き入れた。何か話したいことがあるとき、こうやってホットミルクを持ってくるのだ。
「話、あるんでしょ?」
 ベッドに腰かけると明彦は床に胡坐をかいて座った。髭を触りながら言いにくそうに口を開く。
「東京へ行きたいんだって?」
「……聞いたんだ」
「何しに行くんだ?」
「アフタヌーンティー。誘ってもらったから行こうかなって思っただけ」
「あふ?なんだそりゃ。誰に誘われた」
「誰だっていいでしょ、どうせ行かせてもらえないんだから!」
 驚くくらい、大きな声が出た。ハッとして口元を抑えたが堰を切ったように抑え込んでいた感情が溢れ出ていく。
「……みんながうらやましい」
「みんな?」
「高校の友達。進学して都会でオシャレなカフェにいったり、彼氏と旅行したりしてるの。でも私は違う。毎日休みなく働いて、なのにお金もなくて、この町から出ることもできなくて。……もう嫌なの、こんな生活。……パパとママの所へ行っちゃいたい」
 明彦は静かに涙を流していた。いつも笑顔を絶やさない彼の泣き顔を見たのは両親の葬儀以来だった。美鶴の心は張り裂けそうに痛んだ。
「ごめんな、美鶴。幸せにしてやれなくて……俺が不甲斐ないばっかりに。天国のあいつらに合わせる顔がねぇよ」
 拳で床を叩くと、「申し訳ない」と何度も繰り返す。
「ちが……違うの、お父さん。ごめん、ごめんなさい」
 いってはいけないことを言って明彦を傷つけた。笑顔を奪った。なんて親不孝な娘だろう。美鶴は悔やんだ。