凄腕救急医は離婚予定の契約妻を湧き立つ情熱愛で離さない

その日の夜。美鶴は夕食の準備をしながら瑤子にこう切り出した。
「ねえ、お母さん。休みを取って東京に行こうと思うの」
「それは無理だわね」
「……無理って?」
 美鶴は思わず聞き返した。てっきり「いってらっしゃい」と言われると思っていた。
診療所が休みの日も朝の牛の世話は欠かさずやってきた。だからたまの休みくらいもらえるものだと信じて疑わなかったのだ。
「だって、酪農家には休みはないじゃない」
 瑤子の言葉にはわずかな濁りもない。彼女もまた休みなく働くということを当然のことと思っているのだ。
「人でも足りないし。それは美鶴ちゃんもよく分かってるわよね」
「……うん、分かってるよ」
 行かせて欲しいとはいえなかった。この家で世話になり、これからもここで暮らしていくのならある程度の我慢は必要だ。
――分かっている。それはよくわかっている。今までだって何度もそうやって自分に言い聞かせて諦めてきたじゃないか。