凄腕救急医は離婚予定の契約妻を湧き立つ情熱愛で離さない

 夕食の配膳をした時だった。
「白川さん、ここに座って」
パソコンでなにやら作業をしていた透に呼ばれ、美鶴はベッドサイドの椅子に腰を下ろした。
「なんですか?」
「東京の情報なんて巷に溢れてるけど、本当にいいと思った店だけをまとめた動画を作ってみたんだ」
 美鶴が画面をのぞき込むと、透は動画を再生させた。
「すごい……プロが作ったみたい」
 「クオリティーは高くない」と透は言うが、BGMとテロップが入れられていて短時間で作ったものとは思えない完成度だ。
「わぁ、このレストランって有名なお店ですよね~素敵」
 ドラマの撮影にも使われていた三ツ星のグランメゾンだ。自然と美鶴のテンションも上がっていく。
「志木さんて、いつもこんな素敵なお店で食事してるんですか?」
 都会の洗練された店。そこにいる透の姿は容易に想像できた。
「いつも、というわけではないけど仕事の都合で外食は多いかな」
「そうなんですね。すごいなぁ。あ、アフタヌーンティーだ!かわいい~おいしそう。食べてみたいな」
 ホテルラウンジの高い天井に飾られたシャンデリア。ケーキスタンドにのせられたサンドイッチやスコーンにかわいらしいピンク色のマカロンやリボン型のチョコレート。
都会に出た同級生のSNSでみる写真と同じ夢のような世界が広がっていた。
「確かここ、人気があり過ぎて予約が取れないらしいですよ」
「へえ、知らなかったな。行きたいなら連れていくけど?」
 目の前のチャンスにすぐ飛びつくことが出来る人間はどの程度いるのだろう。少なくとも美鶴は違タイプの人間だ。
「……また今度にしようかな」
 返事を濁すと透は「今度か、」と嘆息を漏らした。
「行きたくないならはっきり言ってくれた方が助かる」
「違います! ただ、今すぐには答えられないだけで……」 
「そうか……。実は主治医と話をして今後は都内の病院で経過をみることにした」
「退院されるんですね」
 食事もとれている今、透が入院を継続する必要はなくなった。早期退院は当然の流れだろう。
「明後日には迎えがくる」
 つまりそれまでに返事をしろということか。「わかりました」とだけ言って美鶴は透の病室を後にする。