凄腕救急医は離婚予定の契約妻を湧き立つ情熱愛で離さない

 仲村の指定したカフェはマンションと病院の中間地点にあった。細い階段を上がり店のドア開けるとコーヒーの香ばしい匂いが漂っていた。中は古民家風のお洒落な内装で配置されたソファーやテーブルも古く個性的なデザインばかりだ。
「美鶴ちゃん!」
 美鶴を見つけて仲村が手を振った。
「すみません、支度に時間かかっちゃって。待ちましたよね?」
「平気だよ。美鶴ちゃんの事ならいくらでも待てるから。ほら、座って」
 仲村に促され、美鶴はソファーに身を沈めた。
「美鶴ちゃんワイドパンツとか穿くんだ。そういうカジュアルな服装も似合うね」
 仲村は息をするように美鶴を褒める。透はあまり美鶴を褒めないが、だからこそその一言に心躍らせたりするのだ。いや違う。透からの言葉だからこそ嬉しいのかもしれない。
――だって、仲村先生から可愛いって言われても冷静でいられたもの。でも透さんに言われたら嬉しくて胸がぎゅっとなる。
「ありがとうございます」とうわべだけの返事をして、美鶴はカフェオレを注文した。
当初の予定通り、仲村は持参してきたタブレットで一時救命処置について説明してくれた。とても分かりやすく、実践向きの内容で仕事への自信に繋がったと思えた。
「もしもの時は先生に教えてもらった通りにしてみようと思います」
「そうだね。でも院内なら他人を呼ぶのが先決だよ?」
「はい、先生。今日は教えていただいてありがとうございました」
 お礼を言い、千円札をテーブルに置く。すると仲村はいきなり美鶴の手を掴んだ。美鶴は咄嗟に振り払う。
「ごめん。帰ってほしくなかったから、つい。嫌だった?」
 仲村の悲しげな顔をみて、美鶴は首を横に振った。決して仲村のことは嫌いではない。けれど、透以外には触れて欲しくないと思ってしまったのだ。
「よかったーねえ、この後夕飯でもどう?」
「ごめんなさい。この後、約束があって……」
「もしかして昨日の人と? 美鶴ちゃん彼氏いないって言ってなかったっけ?」
「あの人は……家族です」
 夫とはいえなかった。愛されてもいない自分が透の妻だということがどうしてもできなかったのだ。