凄腕救急医は離婚予定の契約妻を湧き立つ情熱愛で離さない

「帰ろう」
 透はそう言ったが、美鶴は強張った顔のまま伸晃を見据えていた。それから意を決したように口を開く。
「打ち所が悪かったら透さんはここにはいません」
「なんだと?」
「どうして無事に帰ってきた自分の子供を抱きしめてあげないんですか? それにずっと責めるような話し方で、透さんの言葉を否定してばかりで……」
 透は幼い頃ずっと思っていたことだ。抱きしめて欲しい。話を聞いて欲しい。認めて欲しいと。いつしか諦めてしまったが、まさか彼女が代弁してくれるとは。
「ありがとう、美鶴。もう、いい」
 「失礼します」とだけ言ってすぐに店を出た。車に戻るとようやく息が吸えた気がした。
「大丈夫ですか? どこか痛みます?」
 辛そうな顔に見えたのだろうか、心配そうに美鶴が顔を覗き込んでくる。透は小さく首を振った。
「大丈夫だ。それよりすまなかった。父の言葉は忘れてくれ」
「……はい。でも、事実ですから。お金の支援もしていただくし、田舎の出身で教養もありません。綺麗なドレスを着て、髪の毛を整えてもらってもバレちゃうんだなって思ったら申し訳なくなってしまって」
「気にしなくていい。もし他の女性を紹介しても同じことを言ったはずだ」
 伸晃にとって自分が決めた結婚相手以外は貶すべき対象でしかない。美鶴だからというわけではないのだ。それだけはわかってほしかった。
「優しいんですね。……でも少しだけ悔しかったから変わる努力をします。あ、これは透さんのためじゃないですからね? 私のためです。だから気にしないでくださいね」
「そうか。頼もしいな、俺の妻は」
 妻、とあえて口にする。そして”共犯者“に彼女を選んでよかったと透は思った。