凄腕救急医は離婚予定の契約妻を湧き立つ情熱愛で離さない

 個室に入ると透の母、紀子(のりこ)が嬉しそうに立ち上がった。けれど美鶴の存在に気付くと、途端にその笑顔を曇らせる。同時に 父の伸晃(のぶてる)は飲んでいた白ワインのグラスを置くとゴホンと咳払いをした。
途端に部屋の空気が凍り付く。それを肌で感じたのか美鶴はおびえたように透の腕を掴む手に力を込めた。
「心配を掛けてすみませんでした。ただいま戻りました」
「なんだ、その女は」
――第一声がこれか。
透は苦笑いする。事故に遭った息子を気遣う言葉すらかけない。これが血のつながった親なのだ。美鶴の養父母のような愛情はみじんも感じられない。
「妻の美鶴です」
「妻、だと? 趣味の悪い冗談だ。婚約破棄は許さないぞ」
「婚約はもう無効では? 僕にはもうすでに愛する妻がいるんですよ。冗談が過ぎるのはあなたの方では?」
煽るような透の言葉に伸晃はいらだった様子でテーブルを叩いた。
「なにをいう、偉そうに。離婚すればいいことだ。慰謝料はいくら欲しい? どうせ金目当てで近づいたんだろう」
「結婚を迫ったのは僕です。美鶴は素晴らしい女性だ」
「なにが素晴らしいだ。どんなに着飾っても育ちは隠せないものだぞ」
「撤回して謝罪してください」
「私は事実を述べたまでだ。この女が志木家の嫁にふさわしいとは思えん。見てわからんか? 事故に遭ったと聞いたが、打ち所が悪かったんじゃないか?」
透は自責に念に駆られた。守るといったくせにこんなに易々と暴言を浴びせてしまうなんて。これ以上ここにいても美鶴が傷つくだけだ。