雪を踏みしめながら診療所の裏手に向かうと駐車場には軽トラックが止まっている。美鶴は助手席のドアを開けて乗り込んだ。
「待たせてごめんなさい。お父さん」
運転席にいるのは白川明彦。大柄で髭を蓄えた姿はまるで熊のようだが穏やかで優しいし人だ。父と呼んではいるが戸籍上は父方の伯父。十二歳の冬。突然の事故で両親を亡くした美鶴を引き取り今まで育ててくれた。働き始めてからも免許を持たない彼女の送迎をしている。子供を持たない明彦夫婦にとって美鶴は宝物のような存在なのだ。
「たいして待ってないよ。残業なんて珍しいな」
「そうだね」
「いっぱい仕事して腹がへったろ、早く帰ろうな」
「……うん」
「シートベルトしめたか? 車出すぞ」
明彦はゆっくりと発進させた。カーステレオからはサザンの曲が流れている。明彦は歌に合わせて合の手を入れ車内は小さなライブ会場のようだ。いつもなら美鶴も一緒に歌うのだが今日はそんな気分になれなかった。
「……なあ、美鶴。診療所の仕事は大変か?」
何かを察したように明彦は聞いた。
「ううん、大変じゃないよ。楽しい。どうして?」
わざと明るく言って笑顔を見せると明彦はホッとしたように表情を緩めた。
「それならいいんだ」
「心配してくれてありがとうね。お父さんこそ疲れてない?」
「俺は大丈夫だ。体力だけが取り柄の男だぞ?」
明彦は三代続く酪農業を継いでいる。経営は厳しく人を雇う余裕はない。妻の瑤子と二人で必死に働いてようやく事業を維持できているような状態だ。利益なんてないに等しい。美鶴はこの現状を知っているから進学することを選ばなかった。家の仕事を手伝いながら診療所で看護助手として働くことで安定した収入が得られ、後で介護が必要となった時には力になれるかもしれない。誰に言われたわけではない。自分で決めたことに後悔はないはずだったが、都会に出た同級生のSNSを見る度、帰省した友達と会う度に、自分だけ取り残されたような、落ちこぼれていくようなそんなたとえようのない不安に襲われていた。
「待たせてごめんなさい。お父さん」
運転席にいるのは白川明彦。大柄で髭を蓄えた姿はまるで熊のようだが穏やかで優しいし人だ。父と呼んではいるが戸籍上は父方の伯父。十二歳の冬。突然の事故で両親を亡くした美鶴を引き取り今まで育ててくれた。働き始めてからも免許を持たない彼女の送迎をしている。子供を持たない明彦夫婦にとって美鶴は宝物のような存在なのだ。
「たいして待ってないよ。残業なんて珍しいな」
「そうだね」
「いっぱい仕事して腹がへったろ、早く帰ろうな」
「……うん」
「シートベルトしめたか? 車出すぞ」
明彦はゆっくりと発進させた。カーステレオからはサザンの曲が流れている。明彦は歌に合わせて合の手を入れ車内は小さなライブ会場のようだ。いつもなら美鶴も一緒に歌うのだが今日はそんな気分になれなかった。
「……なあ、美鶴。診療所の仕事は大変か?」
何かを察したように明彦は聞いた。
「ううん、大変じゃないよ。楽しい。どうして?」
わざと明るく言って笑顔を見せると明彦はホッとしたように表情を緩めた。
「それならいいんだ」
「心配してくれてありがとうね。お父さんこそ疲れてない?」
「俺は大丈夫だ。体力だけが取り柄の男だぞ?」
明彦は三代続く酪農業を継いでいる。経営は厳しく人を雇う余裕はない。妻の瑤子と二人で必死に働いてようやく事業を維持できているような状態だ。利益なんてないに等しい。美鶴はこの現状を知っているから進学することを選ばなかった。家の仕事を手伝いながら診療所で看護助手として働くことで安定した収入が得られ、後で介護が必要となった時には力になれるかもしれない。誰に言われたわけではない。自分で決めたことに後悔はないはずだったが、都会に出た同級生のSNSを見る度、帰省した友達と会う度に、自分だけ取り残されたような、落ちこぼれていくようなそんなたとえようのない不安に襲われていた。



