凄腕救急医は離婚予定の契約妻を湧き立つ情熱愛で離さない

私服姿の彼女はとても幼く十代の少女のように見える。
「美鶴ちゃん、どうしたの? あらあら、大変!」
 後ろから現れた瑤子はケーキが乗った皿を机に置くと、しゃがんで割れたコーヒーカップの破片を拾い始めた。
「……ご、ごめんなさい。お母さん、私がやるから」
美鶴がしゃがもうとすると「いや、いい」と白川が止める。
「そこはお母さんにまかせて美鶴はこっちへ来て座りなさい」
「でも……」
「いいから早く」
 いわれるがまま、美鶴は白川の隣に腰を下ろすと気まずそうに透から視線をそらした。
「この子が美鶴ですが、嫁に欲しいということで?」
「はい、そうです」
 間髪入れずに答えると、白川は理解しがたいとでも言うように肩をすくめて笑った。
「何をおっしゃる、冗談もほどほどにしていただかないと困ります」
「冗談でこんな話はしません。彼女が僕と結婚すれば、白川牧場は経営難から脱出できる。最善の策かと考えます。それとも今ある見合い話を進めますか?」 
「いやぁ、突然そんなことを言われても……」
 白川は頭を抱えた。決断に時間がかかりそうだ。
「彼女と、二人だけで話をさせてもらえませんか? いいよね?」
 透が問うと、美鶴はちいさく頷いた。白川夫妻が出ていくとストーブの上のヤカンの音がやけに大きく聞こえる。
美鶴は膝の上に置いた拳に力を込めると意を決したように口を開いた。
「どうして?」
「君はあの時、資金援助が受けられたら誰でもいいといっただろ? だったら俺と結婚しても同じことだ。しかもこちらの方が条件はいい。俺と共犯者にならないか?」
「共犯者?」
 透はゆっくりと頷く。
「俺にも見合いの話がある。望んでもいないいわゆる政略結婚というやつだ。それを回避したい。君と籍を入れてしまえば、両親もさすがに諦めてくれるだろう。最低でも一年、妻のふりをして欲しい。それで君は家に縛られる必要はなくなって、東京で新たな暮らしが出来る」
「志木さんも私と同じ……」
「そう。君と同じさ」
 同じだからこそ、自分のような苦しみを味わって欲しくない。自分の望む道へ進んでもらいたい。美鶴を救うことで透は苦しんだ自分の過去を昇華できるのでないかと思ったのだ。
「考える時間が欲しいです」
 当然の反応だと思った。しかし、猶予は与えられない。あと数時間後には東京へ帰らなければいけないからだ。一度戻ればここへ戻るのは容易ではないのだ。
「決断できないのならこの話はなかったことにしよう。悩んで出した答えが最善であったためしがないからな」
 透はタブレット端末をしまうと席を立った。泣き出しそうになりながら美鶴も立ち上がる。
「待って! 志木さんに任せたら白川牧場は大丈夫なんですよね?」
「もちろん。約束するよ」
 透は大きく頷いた。
「それなら……私と結婚してください。東京へ連れて行ってください」 
「交渉成立だな」
 透は手を差し出して、美鶴と握手を交わす。