凄腕救急医は離婚予定の契約妻を湧き立つ情熱愛で離さない

母屋の玄関を入り、右手側に事務所はあった。六畳ほどの空間に小さな応接セットと事務机が置かれている。縦長の石油ストーブの上に置かれたヤカンからはしゅんしゅんと蒸気が噴き出している。初めて来たはずの家なのにどこか懐かしい雰囲気を醸し出していた。
「お兄さん。そちらのソファーに座っててください。今、お茶を入れてきますから」
「お構いなく」
 透はそういったが瑤子は事務所の奥の扉から出ていった。おそらく自宅部分へ繋がっているのだろう。
透はアタッシュケースからタブレット端末を取りだして、立ち上げた。そこへ白川が牛舎から戻ってくる。コートと帽子を脱いで椅子の背に掛けると透の目の前に座った。
「待たせてすまないね」
「いえ。こちらこそ、お仕事中に時間を作ってくださってありがとうございます」
 透が頭を下げる。
「それで、話っていうのは?」
「はい。白川牧場の牛乳、とてもおいしかったです。ただ生乳として出荷するのではなく、白川牧場ブランドとして売り出してみませんか? 加工品はECサイトで販売していくとより広い層の客を獲得することができます」
「それは夢のような話ですね。だが、うちは家族経営ですし融資してくださる方も見つかって事業を大きくするつもりは今のところありません」
「その融資先の水産加工会社ですが、不渡りを出したのはご存知でしょうか? 議員をされている親族もいくつか問題を抱えているようです……こんな状況で本当に融資を受けられると思われますか?」
 透が畳みかけるように言うと、白川は目を大きく見開いた。
「なんだって!? どうしてあんたがそんなことを知ってるんだ?」
 いいながら半分腰を浮かした状態で前のめりになる。透は淡々と話を続けた。
「少し調べればわかることです。大切な養女(むすめ)さんを嫁がせるつもりならなおの事。そこで提案です。わが社は白川農場へ出資を考えています。人材の派遣と商品開発の提案と流通の代行を無料で行い、売り上げは百パーセント還元します」
「百パーセント還元だと? そんなうまい話があるわけないだろう……」
「そうですね、その通りです。出資させていただく代わりに美鶴さんを僕にください」
 ガシャンと陶器の割れる音響いた。透が視線を移すと呆然と立ち尽くす美鶴がいた。