9.ミライ

「なあ美鶴。仕事はいつ辞めてもいいんだぞ?」
「辞めないよ? 看護師さんたちだって大きなおなかで仕事しているでしょう?」
「彼女たちは……まあ、そうだが……」
心配する透をなだめながら産休に入るまで病院での仕事をつづけた。大きなお腹で働いている看護師を見ていて自分にもできるはずとおもったからだ。妊婦検診も特に異常は指摘されず、出産の日を迎えた。
産婦人科医の相原医師は透の同期でもある。自分が取り上げるのだという透に「邪魔だからどいて」とぴしゃりと言ってのける。
「いい⁉ 志木君はそこで美鶴ちゃんの汗を拭いたりドリンク飲ませたり、励ましたりするだけで十分。今日は医者であることを忘れて夫として頑張りなさい」
「だが……」
「私は産婦人科の専門医よ? 口も手も出さないで!」
 陣痛の苦しみが二人のやり取りで和らぐ。まるでコントを見ているみたいだと美鶴は思う。だがそんな余裕もないくらい痛みが増していき、透が見守る中元気な男の子を出産した。
疲労困憊の中、涙ぐむ透の姿をみて美鶴は幸せを感じた。この人とならこの先もずっとともに歩んでいけるのだろう。
「美鶴、ありがとう。おつかれさま」
 汗がにじんだ額に透は唇を寄せた。自然と涙が零れ落ちる。心待ちにしていた我が子を胸に抱くと、いままでに抱いたことのない感情があふれてくる。それはきっと母の聡美も、八重子も、もちろん透の母親も誓ったことだろう。この命に代えてもこの子を守り育てるのだと。
「はじめまして。生まれてきてくれてありがとう」