通勤の車中で明彦は見合いの話を始めたのだ。昨晩話しそびれてしまったのだといって。
相手は隣町に住む水産加工会社を営む三十五歳。その父親が町議も務める資産家だ。結婚したら牧場への資金援助が得られるのだと明彦は嬉しそうだった。最近明彦が着なれないスーツを着て出かけていくのは知っていた。瑤子のため息も多かった。それほど白川牧場の経営状態は悪化していたのだ。
「相手の男性は資産家だそうです。結婚したら暮らしが楽になるって喜んでいて……」
「そんな見合い断った方がいい」
 透はきっぱりと言った。でも美鶴は首を縦には振らない。
 断れば近い将来、一家で路頭に迷うことが分かっているからだ。
「資金援助さえ受けられれば誰でもいいのか?」
「……はい」
 長いため息が聞こえた。軽蔑されたのだと美鶴は感じた。けれど仕方がないことだ。
「そうか、分かった。悪いけど、席を外してくれ」
「失礼します。お大事に」
 一礼して美鶴は病室を出た。
自由に生きろと透に言われた時、明るい未来が見えた気がした。でも家族を見殺しにはできない。それが美鶴の答えだ。