1.アコガレ
――綺麗な人。
白川美鶴は静かな寝息を立てる男の顔を覗き込んだ。品のある顔立ちにきめ細かい肌。整えられた黒髪。不謹慎だと知りつつもつい見入ってしまった。
名前は志木透。年齢は三十歳。本籍は東京。住所は港区。二時間ほど前に美鶴の勤務する診療所へ救急搬送されてきた患者だ。
大寒を明日に控え、昨夜からこの地域一帯は猛烈な吹雪に見舞われていた。雪に慣れた地元の人間でも外出を控えるほどの雪。そんな中、彼は県道でスリップ事故を起こしたようだった。運転していたレンタカーは廃車同然だったが、幸いなことに身体には目立った外傷はなかった。けれど未だ意識は戻らないままだ。明日の朝までに目を醒まさなければ、総合病院へ転院させるつもりだと所長である医師が言っていた。
「志木さん、早く目を醒ましてくださいね」
美鶴は言葉に祈りを込めた。
今頃透の家族はどんな思いでいるだろう。想像するだけで胸が震えた。帰らない人を待つ時間は辛く果てしないものだと美鶴は知っているから。
「白川さーん」
看護師の尾見が美鶴を呼んでいる。慌てて病室を出て彼女のもとへと急いだ。
「なにしてたの?」
「すみません、志木さんの様子が気になって……」
「どうだった?」
「まだ意識は戻っていませんでした」
「そう。時間がかかりそうね。あなたは上がっていいわよ。時間でしょ?」
「……でも」
「大丈夫よ、私に任せて帰りなさい」
尾見は肉付きのいい手で胸をドンとたたく。ベテラン看護師の安心感とでもいうのだろうか。彼女が「大丈夫」といえばそんな気持ちになれた。
「お願いします。お先に失礼します」
帰り支度を整え、診療所を出る。途端に雪の粒が全身に吹き付けファーのついたコートのフードを深くかぶりなおした。
――綺麗な人。
白川美鶴は静かな寝息を立てる男の顔を覗き込んだ。品のある顔立ちにきめ細かい肌。整えられた黒髪。不謹慎だと知りつつもつい見入ってしまった。
名前は志木透。年齢は三十歳。本籍は東京。住所は港区。二時間ほど前に美鶴の勤務する診療所へ救急搬送されてきた患者だ。
大寒を明日に控え、昨夜からこの地域一帯は猛烈な吹雪に見舞われていた。雪に慣れた地元の人間でも外出を控えるほどの雪。そんな中、彼は県道でスリップ事故を起こしたようだった。運転していたレンタカーは廃車同然だったが、幸いなことに身体には目立った外傷はなかった。けれど未だ意識は戻らないままだ。明日の朝までに目を醒まさなければ、総合病院へ転院させるつもりだと所長である医師が言っていた。
「志木さん、早く目を醒ましてくださいね」
美鶴は言葉に祈りを込めた。
今頃透の家族はどんな思いでいるだろう。想像するだけで胸が震えた。帰らない人を待つ時間は辛く果てしないものだと美鶴は知っているから。
「白川さーん」
看護師の尾見が美鶴を呼んでいる。慌てて病室を出て彼女のもとへと急いだ。
「なにしてたの?」
「すみません、志木さんの様子が気になって……」
「どうだった?」
「まだ意識は戻っていませんでした」
「そう。時間がかかりそうね。あなたは上がっていいわよ。時間でしょ?」
「……でも」
「大丈夫よ、私に任せて帰りなさい」
尾見は肉付きのいい手で胸をドンとたたく。ベテラン看護師の安心感とでもいうのだろうか。彼女が「大丈夫」といえばそんな気持ちになれた。
「お願いします。お先に失礼します」
帰り支度を整え、診療所を出る。途端に雪の粒が全身に吹き付けファーのついたコートのフードを深くかぶりなおした。



