「おはよう」
「…はよ」

教室最後列の窓際。クラスメイトが羨む好ポジションに座るのは富永。
いつになく気のない返事だ。こんな日に限って朝から機嫌悪いのか。

気になるけどそんな素振りを見せずに隣の席に座る。この席になった二学期の席替えの時も内心嬉しくてしょうがなかったが、仕方ないみたいに振舞っていた。

「朝っぱらから堂々と渡してたな」
「見てたの?」
「あんなとこでやってたら嫌でも目に付くし。てか相手があの人って、お前なんか相手にされないだろ」
「なんなの?先輩には部活の伝統としてマネージャーから渡しただけだし。変な言い方しないで」
「三年なんかとっくに引退してんじゃねーか」
「藤倉先輩は引退しても部活に来てくれてるし、お世話になってるの。自分がモテないからって先輩のこと僻まないでよ」
「…お前のチョコ食わされるなんてかわいそうだと思っただけだ」
「あんたになんか頼まれてもあげないわよ!」

あーあ。言ってしまった。どうしてこうなるんだろう。
売り言葉に買い言葉。反射的に対抗してしまう自分の可愛げない性格が心底嫌になる。

とげのついた言葉をもう一言も言いたくないし聞きたくない。
周りの世界を遮断するように机に突っ伏した。


「佳耶ー。お昼だよー」

柔らかい声が耳元に降る。顔を上げてみれば机の前に友人の朱里が座り込んでいる。
朝に富永とケンカして、投げやりになった私は午前中の授業をほとんどまともに聞いていなかった。
四時間目の世界史に至ってはビデオを見て感想を提出、という内容だったのでほとんど寝ていた有様だ。

「ごめん…起きる」

体を起こしてふと左を見るともう富永の姿はない。

「今日ね、チョコケーキ作ってきたから一緒に食べよ」
「うん。私も、朱里にチョコ作ったから」
「わーい。佳耶のお菓子おいしいから嬉しい」
「ありがと」

前の席の椅子を反対に向けて座った朱里と向い合わせになる。
お互いに作ってきたものを広げて、私は一口サイズにカットされた朱里のチョコケーキを口に入れた。

「おいしい…」
「佳耶のチョコもおいしい~」

空腹だったところに甘いチョコケーキが入り込んでさっきまでのどんよりとした気持ちが軽くなる。
やっぱり甘いものには不思議な力があるのだ。

「佳耶、ちゃんと渡さなきゃダメだよ」
「え…」
「言わなくても分かるから。作ってきたんでしょ、富永に」

不意を突かれて急激に顔が赤くなるのがわかる。
チョコを作ったことも、相手が富永だってことも筒抜けだったなんて。

「え…と、でも、私のなんて欲しくなさそうだったし」
「あんな言い争いなんていつものことでしょ」
「でも、やっぱり怖いし…」
「佳耶」

いつもと違う真剣な声に逸らしていた目線を朱里に奪われる。

「富永が他の誰かの本命チョコを受け取っても後悔しない?正直、今日狙ってる子多いと思うよ」

そんなの。私がどうにかできることなの?

「富永ってあんなだけどバスケ部のエースだし、一年生とかにもけっこう人気あるんだよ」

知ってるよ。お昼だって早く食べてすぐに練習行っちゃうくらい頑張ってるし。いつも部活の後最後まで残って一人で練習してたりするんだから。

一年のときから、ずっと見てたんだから。

「ちょっと行ってくる!」

朱里の返事を待たずに紙袋から一つだけ装丁の違う箱を取り出して飛び出した。

「周りから見れば一目瞭然なのに、気づかないもんねー」

ひとり呟いて朱里は佳耶のトリュフを頬張った。