久しぶりに涼がこっちへ来た。
どうやらナリに会いにきたらしい。
定期的に来るやつで、今になっては突然来ても驚いたりはせんけど、今日はどうやら厄介ごとがあるらしい。

今日はリハってこともあって、邪魔せんかったらって条件でサラと二人で見に来る予定やったわけやけど、当の本人が見当たらん。
サラと来てることは来てるらしいけど、サラだけが中におって涼の姿はない。

いっつもギリギリ出勤の俺に涼を探す時間なんかあるはずもなく、俺の到着を待って始まったリハ。
1時間経っても現れへん涼に多少の心配はするものの、俺が抜けるわけにもいかんから、黙って進めてるわけやけど。

「おい、歌詞間違えんな」
「…わかってる」
「わかってねぇだろ。さっきから何回間違えてんだよ」

なんつったってスタジオの空気が悪すぎて大変や。
悟は我関せずで完全に無視やし、俺は何も言わずにただ見守るだけ。

サラはさっきからスタジオのドアをしきりに見てて、入ってけぇへん涼を心配してるんやろう。
携帯を30秒に一回くらいの割合で確認してる。

中央では京平が何も話そうとせんナリにキレてて、まだ時間かかりそうやから一旦ギターを置いて、サラの元へ歩み寄る。
事情くらい聞きだしてもええやろ、別に。

「サラ、なんかあったんか?」
「あ…、その、涼ちゃんとナリくんが珍しく喧嘩したみたいで…」
「で、涼は?」
「帰るって言って戻ってこないんで、本当に帰っちゃったんじゃないかと…」

胸に携帯を握り締めて心配そうにするサラの頭をポンポンとして、悟に「休憩入れて」と言って携帯片手にスタジオを出た。
携帯を開いてコールする。
相手は待っていたかのように2コールで取った。

「どこにいんの?」
『外のカフェ』
「帰ってはないんやな」

そう言うと、『明日ライブなのに帰るわけないでしょ?!』と逆ギレされた。

イライラすんのはわかるけど、俺に逆ギレすんなよって思う。
それでも「落ち着けよ」とあやすように言ってしまうのは俺が涼を甘やかしてるからやろう。

「珍しく喧嘩か?」

そんなんじゃない、と小さく呟いた声は明らかに後悔した感じ。
どうせまたちっこい事で喧嘩でもしたんやろうと思って、ポケットに入れてたタバコを取り出した。

普段吸わんけど、涼の文句を聞くときだけは無意識に吸ってることに気がついた。
多分、無意識にイライラしてるんやろう。
聞きたくないわけじゃないけど、涼からそういうのを聞くのはやっぱり気が重い。
それはナリを思ってじゃなく、涼を思ってるから。

二人にしかわからん事情があるんやろうけど、そういう気持ちにさせるナリに苛立つ自分がおるんやろう。
俺も男として情けない。

「言いたくないなら別に聞かんけど、楽になるなら話したらええ。ナリも全然や。京平がキレてるからアレは長なる」
『・・・』

自分に責任があると思ってんのか、急に黙り込むのもいつものこと。

『別に大した事じゃないんよ。あたしがこっちに着いたときからずっと機嫌悪くて、理由聞いても答えへんし、あたしが部屋から出て行ったら怒るし、とにかく理由わからんくて、それでも結局昨日はお互い喋らんままやってんけど、やっぱり我慢できんくて、今日の朝に聞こうと思ったら「関係ない」って思いっきり突き放されてさ。ムカついたから、そのまま部屋出て陽夏ちゃんとこに行った。それだけ』

話だけ聞いてたら、一方的にナリが悪いのはわかる。
それが俺らにはわかるけど、涼にはわからんのやろうな。

っていうか、それだけ?
どっちもどっちやないか。
俺と悟はええ迷惑や。

「別にお前が悪いわけじゃないし、京平もいつもどおりや」

ただ、このままやとリハ終わらんし。
ナリもなんやかんや言うてコイツがおらんかったらあかんねやろうし。

…ほな、俺がなんとかせなあかんのかい。
いつものことやけど嫌な役回りやで、ほんま。

「ほな今からそっち行くから」
「今、どこにいんの」

急に携帯取り上げられたから誰かと思ったら目ぇ吊り上げた京平が恐ろしい声で居場所聞いてる。

正直に答えたんかどうかはわからんけど、「今すぐ来い」と同時に俺の許可なしに電話切られて携帯をほる《意:投げる》ように返された。

そのままスタジオに戻ったところを見たら、京平もラチがあかんと思ったんか、最終手段に出たんやろう。

ほんまナリはあかん男や。
他人が思ってる以上に涼欠乏症なんやろう。
あんなん見たん久しぶりや。

こっちに呼び出された涼を待ってんのは、どうせ俺しか待ってやる人間おらんやろうし自販機でコーヒー買って来るのを待ってた。

「涼介?」

5分後に現れた涼は全然普通であっけらかんとしてた。

「もしかして待ってくれてた?」
「別に」
「素直じゃないなぁ」

そう笑う涼はやっぱり完全には笑いきれてなくて、ちょっと引きつってた。
そこまで責任感じることないのに、涼自身も難儀な性格やなぁ、と思ってしまう。

頭をポンポンと叩いて「行こか」というと、黙って首を縦に振った。