「いっ・・!?」

高成の右手が急に動いたかと思ったら、そのままあたしの左頬を思いっきりつねった。

「またはぐらかそうとする!!そうやって演技したってわかるって言っただろ?」

つねられたかと思ったら声で怒られた。その理由にあたしは全く見覚えがない。なんで高成が怒ってんのか、全くわからん。

「ちょっと待ってよ!怒られる理由が全く、」
「さっき、このままサヨナラしようって思ったでしょ。これで最後にしようって思ったでしょ」

あたしの頬をつねってた手を離して力無く落とした。高成の瞳が寂しそうで、悲しそうで、あたしまで泣きそうになる。

高成は気付いてた。
ほんま人の感情すぐ読めちゃって怖い。

あたしは目を閉じて、息を大きく吸い込む。決心した気持ちをうまく伝えられるよう、緊張を抑えた。

あれから時間は結構経っていて、時計の針は両方てっぺんを目指していた。高成の手があたしから離れて、4年前の最後のときを再現しているみたい。

高成を感じられるものは何もない。手を伸ばせば触れることのできる距離なのに、今はそれすらできんくらい空気が張り詰めてる。
優しい高成もここまであたしがウダウダしてると痺れを切らして怒るに決まってる。あたしの気持ちは決まってんのに、高成の顔を見ると言えんくなる。

“愛おしい”という感情を“恋”ととっていいのかどうかもわからんし、素直に伝えても、そこから先が見えん。
あたしがファンのままでおれば、このままライブにだって待ち遠しく感じながら行けるし、DVDだってドキドキしながら見れる。

いろんなことを考えるけど、あたしの気持ちを伝えることは、あたしにとって先の見えない話をすることと同じ。
高成がどう思っていようと不安は消えない。
下唇をぎゅっと噛んで心を決め、高成から1歩下がった。

「あたしもずっと探してたし、期待してた。今日、会えたときは泣くほど嬉しかったし、こうして近くで話せてることも死ぬほど嬉しい」

自分の声が震えてくるのがわかる。
泣いたらあかん。泣けば、バレてしまう。
瞼をおろして、大きく息をはいた。

「でも、やっぱりあたしはファンやから。あれからいつのまにか熱狂的なファンになってた。だから」

苦しい言い訳を並べる自分があほらしい。言い訳を並べすぎて、何を言いたいのか自分でもわからない。それなのに、頬に感じた大きな手。

「俺の言いたいこと言っていい?涼が話すとラチあかないから」

行動とは真逆の呆れ口調。全部言い訳なんでしょ?って言われて俯いてしまった。

高成が言いたいことなんて想像できない。何を考えて、どう思ってるのかなんて、あたしは高成みたいには予測すらできない。
ただ、高成の声だけが聞こえる。

「立ってるのしんどいでしょ?座れば?」
「え、うん」

お互い無意識に立っていたらしく、少し苦笑いが出た。ふぅーと軽く息をはいて、高成が話始めた。

「涼は信用しないかもしれないけど、本当に一目惚れなんだよね」

あの時も夢中で走っちゃって、涼はすごい驚いてたけど、俺は必死でさ。笑っちゃうくらい恥ずかしくて何も話せなかったんだよ。
だから無口だったでしょ?でもだんだん話すようになって、涼も笑ってくれて、嬉しかったんだ。

「涼、俺の話聞いてる?」

あたしの顔の前で手をふる高成の顔がぼやけて見える。うまく視点を合わすことができない。