『‪8時に‬はそっち行く』
「‪9時‬まで」
『長いよ…』
「たった‪2時‬間やん」
『その‪2時‬間が長いって言ってんの』

ラチの明かんあたしと千秋の言い合いにキリがないと思ったんか高成に携帯をとられて話し始めた。

「うん、だな。まぁこっちも色々事情はあるわけよ。そう!そう、だから今回だけ我慢しろ」

なんかいらんことを言うんちゃうかと、じっと横顔を睨むように見てたら笑いながらあたしの頬を一撫でする。
また人前でそんなこと!と内心思ってるのも高成には関係無し。

「あ?お前それは無理だぞ。なに言ってんだ、バカ。あ?うるせぇ、涼が言ってた通り‪9時‬までいろ!」

そう言って最後は子供同士の喧嘩みたいな言い合いをして一方的に切ったように見えた。

「なんて?」

あたしが聞くと高成は溜息吐きながら携帯の画面を拭き、あたしに渡す。

「‪9時‬までいる代わりに今度来日公演する…アレ誰だっけ?忘れたけど、そのバンドのチケット買えって。バカだろ」

その対価はデカイな、とアーティスト側は笑いながら言うけど、嫁側は全くわからず首を傾げるだけ。

涼介いわく、来日公演は5年ぶりでかなりの倍率らしい。
しかもドームツアーしかしないから予想ではどこも即完売なんちゃうかって話。

高成はライブチケットに関してツテを使って買ったことは一度もない。
そういうのは“自分の運”で当てるもので、自分だけズルして行くのは他のファンに対して失礼と言って、バンド好きの千秋にもツテを使ったことは一度もない。

「それにしても、そんなに嫌なんだね」

その一言にあたしも陽夏ちゃんも苦笑するしかない。

「杏が少し焦ってるというか…もう18だし周りは彼氏がいて自分だけ彼氏がいないらしくて。ちーくんが全く振り向いてくれないのが一番みたいですけど」

母親の陽夏ちゃんはこればかりは仕方ないと言うけど、杏ちゃん本人からすれば辛い事で内情を全部知ってる親としては下手に協力して拗らせたくないのもあって陽夏ちゃんはもどかしいらしい。

「杏に協力してあげたいけど、相手が涼ちゃんとナリくんを足して二で割ったちーくんは難しくて」

そう笑う陽夏ちゃんに同意はしかねるけど、難しいのはあたしでもわかる。
ずる賢いというか、頭もいいし回転が速いから喧嘩してもすぐ揚げ足取って攻撃してくる。
そういう賢い所は親として可愛さ余って憎さ百倍って感じやけど、それが好きな相手なら嫌になる。
・・・自分の息子やけども。

「まぁ、子供の話は子供に任せるとして!俺らはお酒を楽しもうぜー」

ゆず酒の入ったあたしのグラスを持って差し出した高成に頷く。
こんなの親が考えたってどうしようもない。

「じゃあ、お酒のあてを増やしましょうか」

全員が飲み直しの空気になって陽夏ちゃんがその先導を切った。