千秋は本当にあたしをモヤモヤさせるのが得意だ。

なっちゃんに関してはあたしも知ってるから特に何も思わないけど、世津さんを“世津”って呼んだことは少しだけイラッとした。

世津さんだって人妻で子供もいる。
それも千秋より4歳も離れた女の子。
世津さんは美人だし、うちのパパたちだってお世話になってるけど、それにしたってどんな理由で世津さんを呼び捨てにしてるの?!ってあんまり馴染みのないあたしは思う。

子供の嫉妬だって自分でもわかってる。
千秋が世津さんの名前を出す度にあの子が出てきたり、あたしが知らない世界にいるんだって思ってモヤモヤする。

そんな気持ちはどうしようもないし、嫉妬したところでどうしようもないこと。
千秋を好きな気持ちだけでこんなにも苦しい思いをするのは長い間経験してるけど、最近は少し辛い。

千秋が自分の夢を見つけて歩き始めたときくらいから好きな気持ちだけで誤魔化せないくらい不安になってる。
いつかあたしのいないキラキラした世界にいっちゃうんじゃないかって。

カゴを持って雑誌を見てる千秋の隣に並ぶ。
千秋がそれに気付いて雑誌を直す。

「決まった?」
「それ、いらないの?」

あたしが雑誌を指すと「いらん」とだけ言ってカゴをあたしから取り上げてお菓子コーナーへ向かった。

そのまま千秋の後ろをついて歩き、少しくらいいいよね?と恐る恐る千秋の腕に手を回す。
ぎゅっと握って離さない。
避けられなかったことに安心してできるだけくっついたまま歩く。

「これ、うまい?」

スナック菓子を手にとって聞いてくる。
クッキーにチョコが挟まれてるやつで最近新商品で出たお菓子。

「うん、美味しい」
「じゃあ買ってこ」

嬉しそうにしながらあれやこれやとお菓子をカゴに入れていく。
よくよく見てみれば涼ちゃんの好きなものばかり。

「涼ちゃんに買うの?」
「そー。最近お菓子食べてへんって言うてたし」
「ママ想いだね」
「最近またダイエットしてるらしいんだけど、俺はもうちょっと太ってもいいと思うんだよなー。親父のためって言ってるけど紗生と服のサイズあんま変わらんからな」

そういう意味で言ったんじゃないよ、と言いたかったけど千秋が嬉しそうに話すからやめた。

あたしが言ったのは相変わらずママ想い…すなわちマザコンだよねって言う意味で言った。
あたしだってパパ好きだし、ナリくんもカッコイイけどパパ以上に素敵な人はいないって思ってる。
でもファザコンまでいくほど好きってわけでもないし常にパパのこと考えてるわけでもない。

ママも涼ちゃんも“千秋に好きな人が出来たらそれも変わってくるよ”って言っていたけど、現状がコレっていうことはあたしは恋愛対象に入っていないっていうこと。

こうして腕を組んでも何の反応もないのは“幼なじみ”としてしか見てもらえてないってこと。
目の当たりにする現実、というか千秋の気持ちに心は落ち込むばかり。

レジまで来て千秋が財布を出す前に自分の財布を出してたのに払ってくれて袋を持ってくれることにキュンキュンする。

レジのお姉さんの痛い視線を受けながら腕を組んだまま外に出れたことにさらにドキドキしてるのはもう末期だと思う。
千秋にその気がなくたって幼い頃からの恋心はもう捨てられないし諦めることもできない。

「ちーくん」
「ちーくんて呼ぶな」
「ちーくん」

しつこく昔のあだ名を呼んでみた。
今はもうママと世津さんしか呼ばないあだ名だけど。

なんだか昔のあたし達に戻りたくて呼んでみたけど、やっぱり昔には戻れない。

時は止まらないし人は成長してく。
この気持ちも成長しちゃったから苦しい気持ちを知ることもできた。

「あたし、千秋好きだよ」
「知ってるよ」
「そういう意味じゃないよ」
「そうなの?」
「そうだよ」

突然の告白に驚きもしない千秋。
離さないようにしがみつくあたしにも抵抗せず淡々と返事を返してくる。

「でも何回も聞いた」
「へ?」
「ちっちゃい頃から何回も聞いてる」
「だから、そういう意味じゃないよ」
「うん、わかってる」

ほんとに淡々とした返事に逆にムカついたから顔を上げて「なにがわかってんのよ」と睨んだ。

「わかってるけど、わかんねぇ」
「なにが」
「だって俺、杏のこと好きだけど、そういう好きかわかんねぇもん」

なんだよ、正直に答えてくれちゃって。
そんなこと言われたらもう少し好きでいようかなって思うじゃん。

いや、諦めるつもりなんてないけど、もっと頑張って幼なじみじゃない“女”として見てもらえるようになろうって思っちゃうじゃん。

「あたしのことバカって言うくせに」
「バカじゃん」
「バカって言うくせに」
「でも嫌いとは言ってないだろ」

やっぱり好きだ。
どうしようもない。

“愛”なんて大きいものあたしにもわかんないけど“恋”ならわかる。
でもその“恋”すらわかんない千秋はまだ15歳の男の子で。

あたしのこの想いをちっとも理解してくれないけど、それでもやっぱり傍にいたい。

今はママ達がこうして遊んでくれるから一緒にいられるけど、そうじゃなくて、あたし達二人だけで会えるような関係にしたい。

「先は長いな…」
「もう家着くぞ」

こんな風に噛み合わなくても今はいい。
きっといつかママとパパみたいになってやろうって決めた。

まずは千秋にあたしが女であるということを意識させよう!と心に決めながら家に入った。





END.