「むっちゃ暗いんですけどぉ」

怖さのあまりにまた独り言が出る。
昼間は知る人ぞ知る隠れ家的なお店が多くて、服や雑貨屋、昔のレコードまで置いてるCDショップが並んでるお洒落可愛い通りやのに、夜になると真逆になって雰囲気のカケラすらない。もう、自分の足音すら怖い。

音楽を聴きながら歩くのもアリなんやけど、背後は盲点。音を遮ってる状況も今は怖い。
暗がりの中、この通りの一番奥の店に明かりが点いてるのが見えた。

時間は23時を指そうとしてる。こんな時間まで営業してるなんて大変やなぁ…なんて、のん気に考えてた。
ちょうどその店の2つ前くらいを歩いていたとき、前から2つの影が動いているのが見えた。
あと少しで着くから軽快になっていた両足が一気に重くなる。

ありえん、けど、わからん。
あたしがこの24年間襲われたことがないといっても、今回がそうやとは限らん。それに誰も通らん道で、ろくに明かりもない。
とっさにあの明かりの点いてる店まで行こうと速度を上げると、不意に後ろから肩をたたかれた。

「こんばんは~。お姉さん、今からどこ行くん?」
「はいぃぃ?!」

一瞬ビビったけど、思わず目を疑ってしまって緊張が解けてしまった。声をかけてきた男の子は明らかに高校生。
なんなん?あたしってそんなに幼く見える?それとも、最近の高校生って手当たり次第なわけ?それとも、あたしってまだ二十歳くらいに見えるってことかな?

「ちょっと、お姉さん俺の話聞いてる?もしかして、宇宙人と交信中?」

一人脳内で盛り上がっていると、金髪で襟足がムダに長い髪型の男の子がキャハハとバカにしたように笑う声が聞こえた。奥の店の明かりと今にも消えそうな街頭でしか見えへんけど、かなり軽そう。
もちろん、頭も。
まず、ネタが古すぎる。
バカにされたのはムカつくけど、こんな子相手に苛立つのもどうかと思うし。

「早く帰りたいから、他あたってくれる?」
「なんでぇ?俺と遊ぼうよ。あ、先輩もいんの。って、え?!猛ダッシュやん!!」

先輩という言葉を聞いて私はダッシュで明かりのついている店の前まで走った。とりあえず、そこまで行けば助かる。
その店を左に曲がれば駅の明かりが見える。

「遅くまで、ありがとうございました」
「えぇよ」

店から声が聞こえる。それも一人は関西弁で一人は標準語。珍しい組み合わせやなぁ、と通り際に少し覗いてみた。

標準語の男の人は若そうやった。髪に赤のメッシュをいれていて、背が低めで、赤の、メッシュ‥‥?

まさか、あるわけがない。
こんなところであるわけがない。
ない、ない、ない。

考えすぎ。
こんな風に安易に考えてしまう自分がアホらしい。
今日に限ってあるわけがない。

「じゃあ」
「また寄りな。来るときまでに連絡してくれたら置いといてやるから」

声が近くで聞こえて振り返るとそこにいたのは、今日ライブで見た、TAKAだった。

「高成」

名前を口にした自分にハッとして、思わず口元を隠した。

気付かんといて。
存在に気付かんといて。
早歩きで駅に向かった。この先の信号を左に曲がれば駅に着く。

信号まで100メートルはある。走りたい衝動を抑えて歩く。
歩く、歩く、歩く、歩く。

まさか。
まさか、こんなところで会うなんて。
気付いてないよな?だって、あたしが見た時は後ろ向いてたし。見てたとしても、あたしも後ろ姿やったし。

心臓がバクバクする。

期待してんの?数年越しに実って出会うかもって?高成が気付いて追いかけてきてくれる、とか?

期待してんの?
期待しちゃってんの?
・・・ない、ない。
あたし、アホ?自意識過剰すぎ。アホすぎる。

淡い期待を抱いて振り返ってみたけど、誰もおらん。街灯に照らされたあたしの影が伸びているだけ。
緊張した自分が恥ずかしい。

今年も会えんかった。4年目の夏、今年も高成には出会えんかった。
もう、忘れたかな?手を振ってくれてるのも、あたしがファンやから社交辞令で続けてくれてるんかも。
もしかしたら、あたしやと思ってるのは自分だけで、他の女の子に手を振ってるのかもしれん。

あたし、勘違い女?それに、むっちゃ迷惑かけてない?あんなちっさい約束にあたしがいつまでも縛り続けて守り続けてくれてる。

「今度、手紙書こっかな」
「誰に書くの?」
「誰って、そんなん・・・って、あたし一人で会話してるし。相当イってるわ」
「だろうね」

あたし、一人で喋ってんやんな?なんで、返答があるわけ?
相当イっちゃって脳がおかしくなってる。