「そのときにホテルに泊まってたおっさんが務めてた会社をリストラされて
自分の人生に絶望したそいつはホテルに火を放ったんだってさ。」



その話を聞いてわたしの頭の中にふっ、と一つの昔の記憶が蘇ってきた。


その事件を…わたしは知っている。
当時はまだ小学生だったけど印象に残っている。


お父さんが医者としてまだ青かった頃にその現場に駆けつけたらしく、状況を全て話してくれたから。



滅多に涙なんて見せないお父さんが目を抑え肩を震わせながら言っていた…。


最後の最後に運び出された夫婦がいたそうで、その夫婦の手はまるで“離さない”とでもいうように固く繋がれており、二人とも薄らぐ意識の中で



『俺らは…アイツらに夢を持つ大切さを教えてあげられただろうか』


『きっと…あの子たちは素敵な夢を持てるわ。あなたのように…』


『そうか……ありがとう。愛しているよ』


『死ぬ時は一緒みたいね…私も愛してる』



本当に消え入りそうな声でそんな会話をしていたそうだ。
そして、お互い息が苦しく体が酷い火傷で痛いはずなのに顔を見合わせながら微笑み、そのまま亡くなっていってしまったらしい。


お父さんはその夫婦の名前も知らないらしいけど『愛し合っているってあの二人のことを言うんだなって思ったよ。父さんも見習わないと』としみじみ言っていた。