夕食も食べ終わり、僕は、自分の部屋で、天川さんのことを考えていた。

その時、コンコンッとドアをノックする音。

「おい、ヒカル。入るぞ。」

僕が、返事をする前に、無造作に部屋に入ってきたユズル兄。

「ユズル兄。その二重人格、やめたら?しんどくない?」

「二重人格だと?何言ってるんだよ。処世術と言えよ。」

悠々と、僕のベッドの上で、くつろいでいるユズル兄は、そう言った。

「それを猫かぶってるって、そう言うんだよ。」

僕は、ユズル兄に聞こえない声で、そう呟いたつもりだった。

だけど、それを聞き逃す、ユズル兄じゃなかった。

「本当にお前、生意気だな。」

ユズル兄は、不機嫌な声で、そう言った。

「今日は、何かあったの?」

そう。

ユズル兄が、僕の部屋に来る時は、何か、嫌な事があったときだった。

「二階堂進って、知ってるか?ソイツが、うっとおしくてな。何かと、俺をライバル視するんだよ。」

「そうなんだ?でも、ライバル視されるって、ユズル兄が優秀だからでしょう?仕方ないよ。」

「後は、花園美夜子って女。ちょっと美人だからって、俺にしつこくつきまとってくるんだ。」

「ユズル兄。前にも、そんな事あったよね?まぁ、モテる男の宿命でしょう?」

僕が、そう言うと、ユズル兄は、

「明日は、お前が作った弁当が食べたいなぁ。」

とんでもないおねだりをしてきた。

そう。

実は、母さんより、僕のほうが料理上手なのだった。

だからといって、決して、母さんの料理が下手でも不味くもない。

普通に美味しいのだ。

「何で、僕が、ユズル兄のお弁当を作らなきゃいけないのさ?」

「『彼女が作ってくれたお弁当』って、そう言うんだよ。」

「何でさ?」

「しつこい女どもを牽制できるだろう?うん。我ながら、賢い考えだな。」

ユズル兄は、勝手にそう言うと、

「じゃあ、明日からよろしくな。」

僕の部屋から、出て行こうとする。

「ちょっと待ってよ。そんな簡単に決めないでよ。」

「いいじゃんか?お前の作る弁当は、実際、上手いんだしさ。」

そう言って、ユズル兄は、部屋から出て行ってしまった。

まったく……。

ユズル兄、勝手すぎるんだから。

そう言いつつも、僕は、情けないことに、明日のお弁当のおかずを考えていたのだった。