興奮状態が続いて、血圧が上がり気分が悪くなったのかもしれない。


「先輩、もう忘れましょ。今日は帰りましょうか」

私は立ち上がって先輩に近付いた時、先輩が、がくりと頭を下げた。


「ちっくしょー…」

先輩…

私がその肩に触れようとした時。先輩の身体が小刻みに震え出した。


「なんで、痴漢なんて…この俺が。ふざけんな…なんでこんな目に…」


横顔の眉が歪み、一筋の涙が頬を伝うのを私は見逃さなかった。
先輩はすぐにそれをスーツの袖で拭った。

悔しいよね…

掛ける言葉を探して立ちすくんでいると、先輩がふらりと立ち上がった。

無言で自分のビジネスバッグを備え付けのロッカーから取り出し、私の存在なんか見えないみたいに部屋を出て行った。




痴漢冤罪事件の報告を受けて、デレク・ワタナベ社長は事件の2日後、緊急帰国した。
ナオミ・ヒルも深刻な表情だった。


「莉子、あなたは何も心配しなくていい。デレクと私に任せて」

優雅な曲線のおでこに手をやりながら言う。やば…見れば見るほど完璧過ぎ。手も指が細くてやたら長い。

神さまからの贈り物ってこういう事だよなー。同性なのにウットリしちゃう。今そんな場合じゃないのに。