僕はその事実を伝える為に、諒太へ電話を掛けた。とにかく今すぐ会おう。そういう事になり諒太は僕の寮へと駆けつけた。

「ヒロ、どういう事なんだよ!」

 僕の部屋に入った途端、諒太は僕に食って掛かりそうな勢いで詰め寄ってきた。

「僕にもわかんないよ。だから諒太を呼んだんだろうが」

 一旦諒太の気持ちを押さえようとしたけれど、どうやら収まらない様子である。

「てめえ! 紗綾ちゃんにドナー断るように仕向けただろ! 確かに京香はこの前入院したさ。今回の入院で命を落としたなら俺も諦めがつくよ。でもそうじゃねえだろ! 俺たちの通ってる大学に元々在籍してないって事は、高校生の時に死んじまったって事だよな! ヒロ、お前が紗綾ちゃんにドナーを断らせたから京香ほ死んじまったんだよ! お前は女に溺れて親友である京香を裏切ったんだぞ! だっせーやつだな。そんなやつと小学生の時から親友ごっこしてた俺自身にも腹が立つよ。くそっ! 京香……返してくれよ。頼むから……京香の事……返してくれ」

 京香を返してくれ。そう言った頃には最初の勢いは消えていた。涙をポロポロ流しながら僕に向かって土下座していたのだ。

「諒太、頭上げてくれよ。僕だって京香の事は好きだよ。京香を裏切るような事はしてない。お願いだから信じてくれないか」

 諒太は泣き崩れたままである。

「あっ! そうだ。僕、京香から手紙を預かってるんだった」

「手紙?」

「そう。僕たち宛ての手紙。石巻に帰ったら二人で一緒に読んでくれって言ってた。ちょっと待ってて」

 僕はリュックから手紙を取り出しハサミを入れた。




『親愛なる親友君達へ

 教育実習お疲れ様でした。楽しかったかな? まさか女子高生や女子中学生にちょっかい出してないでしょうね!』



 そこまで読んで諒太と僕は目を合わせた。

「諒太お前、ちょっかい出したのか?」

「出す訳ねえだろ! 俺は京香一筋だって言ったろ」

「ならいいけど」

「早く続き読め」

「あ、うん」



『私も行きたかったなあ。まあ、そんな事は置いといて、っと。

 君たち二人がこの手紙を読んでいる頃、恐らく私はもうこの世にいません。ごめんね。先立つ不幸をお許し下さい。あ、なんだか自殺する前に書いてる遺書みたいだね(笑)

 で、諒太にお願いがあります。

 ヒロの事、責めないで下さい。

 諒太の事だから「ヒロ! お前紗綾ちゃんにドナー断るように仕向けただろ!」くらいの事は言ってるんだろうな。

 でもね、それは違うよ。ヒロは私も紗綾ちゃんも助ける為に悩んでたんだと思う。どう考えても二人共助かる道なんてないんだけどね。

 さっきヒロが病院にきてあの日記を貸してくれました。
 
 私、三年前の紗綾ちゃんに会ってきます。

「ドナーを断って下さい。ヒロの事を幸せにできるのは紗綾ちゃんだけだよ。ヒロが愛してるのは紗綾ちゃんなんだよ」って、言うつもりです。

 ほんとはね、紗綾ちゃんに助けられたこの命、(まっと)うするんだって思ってた。寮母さん(バーバ)の為にも全うしなきゃって。ほんとにそう思ってたんだよ。

 でもね、今回の入院で主治医から宣告されたの。

『余命は三ヶ月です』って。

 白血病は紗綾ちゃんのお陰で治ったんだけど、別の腫瘍ができてたみたいなの。

 どうせここで死んでしまうなら、紗綾ちゃんに生きて欲しい。元々健康だった紗綾ちゃんが生きるべきだって。そう思ったの。だから私は高校三年生で命を落とします。たった十八年の人生だったけど二人に会えて良かった。二人と一緒に過ごせて、二人と一緒に音楽ができて、本当に良かった。

 君たち二人との思い出は私の宝物だよ。

 でも私が天国に行った後、私の記憶は高校三年で終わってしまうのかな。それとも大学三年までの記憶が残っているのかな。

 君たち二人の記憶はどうなるのかな。高校三年で私が死んでしまえば、諒太は私の事を好きにはならないんだよね? 大学三年生の時に私の胸を見て、そこで初めて私の事を好きになったんだもんね(このスケベが!)

 そしてヒロ、あのキスは私のファーストキスです』





「はあ? ヒロ、てめえ! お前とは絶交だ!」

「それは……その……」

 僕は言い返す事ができなかった。

「ヒロにはがっかりだよ。どうせこれからお前との付き合いはなくなるんだからどうでもいいけどよ。さっさと続き読め」




『はい、諒太君。今ヒロに怒ったでしょ。お前とは絶交だとか言ったんだろうな。だいたい『絶交』なんて言葉、昭和のいじめっ子の言葉だからね!』




 諒太は大きな体をきゅっと小さくしぼめてしまった。




『私がヒロの唇を強引に奪ったんだよ。諒太、お願い。ヒロの事を怒らないで。キスした次の日、私なんだか照れくさくてさ。前日の記憶がない振りをしたの。でも、はっきりと覚えてるよ。レモンの香り……じゃなくてアルコールの香りだったかな。

 私の最初で最後のキスはヒロなんだからね。

 あと、高校の卒業式の後の事なんて、もう忘れてるんだろうな。ヒロの事が好きだった私は制服の第二ボタンをもらおうとしたけど、『コートのボタンでもなくしたのか?』なんて言って。ほんとアホでしょ。女心のわからない最低男だったよね。まあ、私も素直に『第二ボタン下さい』ってしおらしく言ってれば良かったんだろうけどね』




 僕への京香の気持ち。今更ながらに知らされた諒太は死人のように項垂れている。




『そして、諒太。本当にありがとう。私の事を好きになってくれたきっかけはさておき(怒)、嬉しかったよ。こんな私だけど、好きになってくれる人がいるんだ。そう思うと胸がいっぱいになりました。きつい事ばかり言ってごめんなさい。

 諒太の優しさや男らしさに触れていくうち、私も諒太の事を一人の男性として意識し始めていました。

 もしも生まれ変わる事ができたなら、私をお嫁さんにしてくれますか? ご希望ならよくしゃべる京香じゃなくて、口数の少ない京香になるからお嫁さんにして下さいね。約束だよ』




 諒太は泣き崩れた。わんわん泣きながら、僕の薄い胸に顔を埋めている。何度目だろう。このマッチョを僕の薄い胸で受け止めてやったのは。

「ヒロ、ごめんな。親友を信じる事ができなかったなんて……俺……」

 諒太は僕の薄い胸の中で声にならない声をもらした。

「いいじゃん。こういうの。これからも何度も喧嘩しようよ。お互いが納得の行くまで喧嘩しようよ」

「うん」




『二人共、本当にありがとう。将来の夢、叶えてね。武藤京香』


追伸

I loved you.

あ、この you は単数形の you じゃなくて、複数形の you だからねっ。