「あは、マーキングって、犬じゃないん、だか、ら……」

「黙って。」

「……っ」


そんな目で、そんな声で、そんな吐息で、

そんなことを言われたら、私はただこの口をぴたりと閉じるしかない……でしょ?


恋愛初心者な私は、この状況に耐えられないのに。

かずくんは、相も変わらず逃げ腰な私を、ぐっと掴んで、離さない。


ああ、どんどん、かずくんの顔が、近づいてきて。


―――キス、される。

そう思った私は、ゆっくりと、でもしっかりと、目を閉じた。


「……んっ……」

ちゅ、と、体が震えるほど決定的に暗闇に響くリップ音。

その音は私にとって初めてのもので。その音が自分たちから発されたものだと思うと、立っていられない。

そして、離れた後に遅れてやってくる柔らかな感触。

「ぁ……」

私は無意識のうちに指先で唇をなぞった。

まだ残るかずくんの熱に、顔だけじゃない、身体中が火照る。


唇に指を当てたまま、ぼんやりとする頭でどうにかかずくんを見る。

「……そんな顔で見るなよ……」

ううん―――かずくんしか、目に入らない。


もー……

「ずるいよ、かずくん……」

「え?」

キスひとつで、私はこんなにも、蕩けてしまうの。

かずくんと、だから。


「マーキング、かぁ」

「そ。もうどこにも行くなよ?」

ふは、といたずらっぽく笑うかずくんの表情に、きゅうっと胸が締め付けられる。


もう、好きで、愛しくて。

言葉なんかじゃ、言い表せない、この感覚。


また、あの熱を感じたくて、私はかずくんの服を摘んだ。

もう―――ほんの少し前の“私たち”には戻れない。


「…かずくん、マーキングじゃなくても、

また、キス……してくれる?」


「……っは、ほんとずるいなぁ、あきは……」




―――やっぱり、バレンタインデーは私たちに魔法をかけるみたいだ。






END