「急ぎではないと仰ったので。」

「必要だと言った筈だ。」

「でも急ぎではありませんから、北都さんの外出が優先になると判断しました。」

予想以上の強い返しに外野から歓声が上がった。

栢木の言葉に北都の片眉が上がる。

余裕の笑みを崩さない栢木は何にも動じずに北都を見つめそれを受けてたった。

しばらく続いた睨み合いは、北都の小さな舌打ちで終わりを告げることになる。

「…行くぞ、栢木。」

ため息まじりの声は確かに栢木の名前を呼んだ。

「…っはい!」

嬉しくて声が自然と大きくなる。

頬が赤くなり、満面の笑顔で栢木は走りだした。

間違いない、いま確かに北都は栢木と名前を呼んでくれたのだ。

嬉しくて何度も拳を振る栢木の姿は二人を見守っていた使用人たちの心も和ませた。

栢木は知っているのだろうか。

北都が初めて名前を呼んだ人、また1つ「今までの人とは違う」ものを手に入れた栢木に皆が見送りの意味をこめて頭を下げた。

栢木の閉める扉の音が踊っているように聞こえる。

2人を乗せた馬車はゆっくり動きだし、心なしかいつもより颯爽と門の外へ走っていった。