陽だまりの林檎姫

「…お待たせしました。あちらです。」

方向だけを指で示せば北都はまた無言で歩き出した。

荷物を見れば栢木の考えが正しかったようで講演会に参加していたということに気付く。

馬車までは遠く、二人はしばらく夜の街を無言で歩くことになった。

今日は雲も少なく月も星も空を輝きで賑わせてくれている。

地上では二人の靴音も透き通るような音で夜道を色付けた。

何だろう、この不思議な感覚は。

栢木の持ってきた上着に袖を通し、相変わらずの鉄仮面は一言も発せず前を歩いていた。

馬車の居場所なんて訪ねもせずに前をどんどん進んでいけるその自信はなんだろうか。

前を歩く、ただその後ろ姿を見ているだけで栢木の心が乱されるようだった。

北都の心が分からない。

進む道の方向だけを伝え、栢木はそれ以上の会話をせずに馬車の位置まで導いた。

いつもより言葉数が少なくなってしまうのは夜のせいだ、そう自分の心を支えながら前を行く主人の後ろをついていく。

「おかえりなさいませ。」

馬車に着くなりダンの声に迎えられ北都は開けられた扉を越えて当然の様に箱へ乗り込んだ。

これで任務は半分完了したことになる。

「ご苦労さん、栢木。」

安心したように微笑むダンとは少し気持ちの種類が違うため曖昧な笑顔しか出せなかった。

同じ空間にいてもいいのだろうかと栢木は躊躇いつつも箱へ乗り込む。

席に置かれた毛布と新聞に目をやりつつ、北都は定位置へ座り腕と足を組んで落ち着いた。

ここから屋敷への道程は遠い。