陽だまりの林檎姫

駄目だ、泣くな。

気を取り直すため深呼吸をして体を起こした時、ふと視界に酒場が入ってきた。

入口には看板を照らす為のランプが淡く橙色の光を放っている。

夜の帳が下りた街中に浮かぶ酒場はまるでそこだけが特別な場所の様に思えた。

窓からやわらかい光がこぼれるその場所に引き寄せられるように栢木は店の中に入っていった。

カウベルに似た少し低めの鈴の音が栢木を迎え入れ足を進める。

「いらっしゃい。」

店に入った瞬間、酒の入ったグラスを運ぶ店員がにこやかに挨拶をしてきた。

学問区だからだろうか、店の造りや雰囲気も含めて客層は少し品があるように感じる。

どこか温かみのある店内に張り詰めていた気持ちが和んでいくような気がした。

ほのかに香るワインの甘みに少しだけ心が揺れる。

何故引き寄せられるようにここに足を踏み入れたのかは分からないが、折角なのでゆっくり店の中を歩いて探りを入れる事にした。

一歩一歩周りを伺いながら足を進めていく。

目に映る人全て初めて見る顔ばかりだ。

やはりここに北都がいる訳がない、虚ろな気持ちが足を止めてしまう。

諦めかけた残り半分の心が力を出して顔を上げさせ店の奥まで見渡した。

ゆっくり、そして無欲に視線を流していく。

「え?」

そこで覚えた違和感。

店の一番奥、見慣れた人物の姿があるような気がして息を飲んだ。

「…いた。」