「疲れには甘いものかなと思って持ってきたけど、食べられる？」

目の前に差し出されたのは栢木の好きな物、カップの中で弾力豊かに揺れるブラマンジェを見て栢木は力なく頷いた。

もう自分の中では何が正解か分からない。

わざわざ遣いに出してまで屋敷を抜け出したり、どんなに関わろうとしても冷たく突き放したり、傍にいなきゃいけない仕事だというのに今まで一緒に過ごした時間なんてそんなになかった。

栢木から押しかけて話す以外に会話らしいものなんてない。

邪魔だ無意味だと散々言われ、態度で明らかな拒否を示す北都にもう付いていけないと思っていた。

「本人には分からないけど、周りには分かるって事は沢山あるのよ？栢木。」

まるで見透かしたようなマリーの言葉は栢木の中にすんなりと染み込んでくる。

本当にそうだろうか、そんな疑問でさえもとりあえずは置いておけばいいと言われているようだ。

「召し上がれ。」

プラマンジェが艶やかに輝いて揺れる。

言葉は明確にしていなかったが、ミライが感じた北都の気遣いが思いがけない形で栢木の目の前に現れた。

もし疑問も不安も一度休ませて真っ新な状態で感じればいいのだとすれば、こんなに嬉しくて歯痒い気持ちに満たされていくのだ。

でも期待してしまいそうな自分が嫌だった。

それが勘違いだったらと思うと恐くて受け入れられない、淡い期待は今まで何度も打ち砕かれてきたのを自分自身が一番よく分かっている。

だから、でも。

「美味しい？」

一口食べればミライが笑顔で尋ねてくる。

「うん…美味しい。」

素直に口から零れた言葉が見えない鎖を緩めてくれたようだ。

手の中にあるこのプラマンジェが確かな事実だと教えてくれている気がした。