陽だまりの林檎姫

しかし栢木が住んでいた西側にはレスタ語を使用する人たちがおり、彼らと話す為にと両親は子供たちに教えていたのだ。

領地に住む人々の声をしっかり受け止められるようになる。

それが自分たちの仕事の大きなところだとよく父であるタオットが話していたのを思い出した。

「十分だ。行くぞ。」

カップを置いて立ち上がると、北都は栢木の返事も待たずに歩き始める。

よくも分からないまま話がまとまったようで首を傾げるが、北都の近くに控えていたミライが凄い顔をしていることに気が付いてその疑問も薄れてしまった。

どうしてそんな古い言葉を話せるんだ。

目も口も開いたままのミライの顔にはそう書いてある。

「昔ちょっとね。」

そう言葉を濁すと栢木はミライを残して先に出てしまった北都を慌てて追いかけた。

北都が向かったのは予想通りの書斎で栢木もそのまま付いていく。

しかし北都は引き出しから鍵を取り出すとまた扉の方へと戻っていった。

「どちらへ?」

てっきり書斎での作業かと思った栢木にはその行動の意味が分からない。

「もう1つの書斎だ。」

リンと音を立ててかざした鍵が鈍く光る。

栢木の注目を浴びたそれを再び手の中に収めると北都は再び歩き始めた。

この屋敷内に書斎が他にもあったかと思い出してみるが心当たりはない。

考えることを諦めた栢木は大人しく北都の後を付いていく事にした。

向かったのは絵画や骨とう品が保管されている倉庫、栢木がここに入るのは勤め始めた頃に案内されて以来だ。

相変わらず見事な作品が並んでいる。

定期的に絵画を交換するのはマリーの役目だと聞いていた。

しかし北都はこの名画たちに少しの興味を示さずに奥へと向かい、ひっそりと置かれた棒を掴んだ。