陽だまりの林檎姫

「症状が出始めた頃に社長夫人が妊娠したからな。いいタイミングだと思って養子の縁切りを願い出た。そしたら断られて別宅を用意されただけだ。元々ここは社長の実家だったようで誰も住んでいないから丁度いいってことになった。」

「社長ってお金持ちのお家だったんですね。」

「お前が言うか。」

素直な感想だったが北都の言う様に栢木も実家が伯爵家なので似たようなものだった。

財のある家に生まれ家督も事業も継いだが薬学者としての思いも捨てきれなかったようで製薬会社を創設したらしいと北都は続ける。

相麻家としての事業は他にもあるようだった。

「今では3人の子供に恵まれて俺の役目も必要なくなったんだがな。とにかく色々と重なって俺はここにいるってことだ。」

「新薬を開発してから補佐役がつくようになったんです?」

「いや。その前から色々あった。でも新薬を開発したことによって肩書を付けやすくなったんだろうな。それからは堂々と、しかもひっきりなしだ。」

「それで今は私、と。」

そういうことだ、そう頷いて北都は肩を竦める。

「…傍に人を置かなかったのは、今日みたいに知られることを避けたかったからですか?」

この研究室に人を入れないことも。戸惑う様に窺うように、それでも知りたい気持ちが勝って栢木は震えながらも北都に尋ねた。

北都の目が大きく開きやがて視線は栢木の方へと向けられる。

交わった視線とすぐに答えが来なかったことに少しずつ後悔の念が襲い栢木は手元に力を入れた。

「…そうだな。」

北都の声が低く響く。

「最初は長居するつもりじゃなかったし研究に没頭していてそれどころじゃなかったけどな。薬が出来た後も今までろくに人と関わっていなかった分、面倒だという思いが強かった。今まで通り好き勝手に動いていたら何故か相手が怒ってたしな。」

「ああ…そうですか。」

「傍で怒られるとこっちも面倒になってくるからその繰り返しだ。厄介なものには関わらない方がいい。」

「…そうですね。」