「紗夜さん」

聞き慣れた、いや聞き飽きた声が頭の上から落ちてきて見上げると、やっぱり三沢くんが立っていた。

「座ったら?」

そう声をかけると素直に前の席に掛けた。
顔から不機嫌さが出てる。さっき仕事を押し付けたのを怒ってるんだろうか。
あまりにも眉間にシワを寄せてるからカップを支えてた左手で眉間をつんと押した。

「そんな寄せてたら型つくよ」

びっくりしたように目を見開いた三沢くんと一瞬視線が合ったけど知らないフリをした。
自分の行動が周りにどう映るのか忘れていたからだ。

ここは食堂。
迂闊に動くと変に噂されかねない。
そんな動揺も焦りも目の前の三沢くんには通じるはずもなく。

「紗夜さん、佐藤先輩が元カレって本当ですか?」

・・・面倒なことになった。
誰だよ教えたの、と目だけで見渡すと同期の女の子達が片手を顔の前に出して謝ってた。
同期のミーハー集団はあたしよりも三沢くん派。
三沢くんに「あの人、誰ですか?」と聞かれたらポロッと言ってる場面が安易に想像できた。

「そうよ。去年の今頃までは」
「まだ好きですか?」
「どうして?」
「だって、終始笑顔でしたから」

それは気づかなかった。
でもそれとこれとは話が別。笑顔だろうがそうじゃなかろうが、あたしは賢人をもう恋愛対象には見ていない。

「好きだけど、その好きじゃない。賢人も彼女いるし、その相談というか助言?しただけだから」
「そうですか」

そうですか、と言ったあと、緊張してた顔が一瞬にして緩ませるから思わず、だから安心して、と加えて言いそうになった。
そんな自分に自分が驚いた。

「紗夜さん、携帯光ってますよ」

サイレントマナーモードにしている目の前にある携帯が光ってることにも気付かないくらい動揺したあたしは慌てて携帯を開くとメールが一件届いてた。

送信者は賢人。
去年まではフォルダも特別に作って、名前の部分に絵文字を入れていたりしてたけど、今ではフォルダも一括で表示されてる名前もシンプル。
他の人と違うのは名前だけで表示されるということだけ。
そんな彼からのメール内容に驚かされる。

【紗夜も素直になった方がいいんじゃない?】

無意識に賢人を探すと自販機に寄り掛かってこっちを見てた。
続けて入ってきたメールにも目を通すと、

【もう少し話したいことあったんだけど、三沢の視線が痛くて逃げた。だから今度は三沢も一緒に飲みに行こう】

「佐藤先輩からですか?」

話題の人から声を掛けられたあたしは思った以上に動揺してびくついた。
その上での賢人からのメール受信。
ただの嫌がらせにしか思えないメール連続受信に苛立ちも覚えはじめた受信メールの内容は、

【俺も紗夜も言葉足らずで自分に嘘つきだったんだよ。お互い次は頑張っていかない?紗夜となら頑張れる気がする】

三沢くんの差し金?と思えるその内容に笑えた。

頑張れる気がするってなによ。
一人で頑張ってよ。
どうしてあたしまで頑張るのよ。
馬鹿じゃないの。

確かにお互い言葉足らずだったかもしれない。
もっと我が儘になってもよかったのかもしれない。
だけど、だからって次は互いに頑張ろうってそれもどうなのよ。

「賢人のバカヤロー」

そんなこと他でもない賢人に言われたら、賢人も頑張るって言うなら、あたしも頑張らなきゃって思うじゃん。
一緒に頑張ってみようかなって思っちゃうじゃん。

もう一度、自販機を見るともう賢人は立っていなかった。
言い逃げか。あとで数行に渡る文句を連ねて返信してやろうと決めた。
そして最後には、

「三沢くん、今日飲みに行かない?」
「え、いいんですか?!」
「賢人も一緒だけどね」

宣言通り、飲みに付き合ってやるって付け加えようとも思う。

佐藤先輩も一緒なんですか、と溜息を零した三沢くんを見て笑ったのは言うまでもないんだけど、ちょっとくらい流れに乗ってみようかな、と思えた。

恋愛云々そんなの無しにして、まずは飲みに行くことから始めようかな、なんて賢人のおかげだとは言わないけど前向きに考えようと思うことにした。

「行かないの?」
「行きます!でも次は二人で行きましょうね」






→END