「なっ、やめろよ!」
「アンタが慣れるまでその目に写ってやる。ほら、俺を見て。」
「い〜や〜だ〜!」


俺が抵抗すればするほど、顔と顔は近付く。


「避けないって約束したら止めてあげてもいい。」
「〜〜〜わかった、約束するから。」


とにかくこの状況から抜け出したくて、必死に訴えた。


そうしたら日椎は満足げに笑み、俺の顔を固定していた手をあっさりと離した。


「約束、したからね。」
「卑怯者……」
「ん?」
「……何でもありません。」


くそー、なんだこの敗北感は!


脱力する俺とは裏腹に日椎は満足げにしている。


そんな顔を見て心臓は相変わらず鳴っているけれど、どこか安心した気持ちにもなる。


「………山碼、」
「ん?」
「笑って」

突拍子のない言葉に、俺は呆けた。


「何?」
「笑って」
「………日椎さん、言ってる意味が分かりません。」
「馬鹿なの?ほら、早く」


急かして、じーっとこちらを見てくる日椎はふざけてる訳ではないらしい。

仕方なく両端の口角をにっとあげてやる。


これで満足か?と思いきや、日椎は落胆の表情。


「……なんか違う。そうじゃない。」
「何なんだよ、お前は!意味が分からない!」


無理矢理笑えって言ったかと思うと、違うと文句を言われる。
やっぱりコイツってよく分からない。

憤る俺など気にもせず、ぶつぶつと文句を言っている。


やめやめ、何か怒るだけ無駄な気がしてきた。


「山碼、もうすぐ午後の講義だ。」
「あ、ああ、うん。」


やれやれと肩を落として図書室から出ようと歩を進めたけれど、日椎は動こうとしない。



「どうした?行かないの?」
「また、夕日の綺麗な場所を聞いたんだ。もしよかったら、その、今週末、一緒に行かない?」


視線を少し下げて日椎は言った。
しどろもどろな口調。

……もしかして緊張、してる?



ああ、何だろう……。
今、ちょっとだけ、可愛く見えたわ。


「………何笑ってる?」
「いや、何でも……ははは」
「で、どうなの?行くの?行かないの?」


ちょっと傲慢な物言いさえも可愛く思える。


「行く行く。行きます。行かせてください。」
「あ、そ。じゃあこの前と同じ時間、同じ場所で。」


そそくさと図書室を出ていく背中に、了解、と返した。


わかりにくい奴ではあるけど、こうやって少しずつ日椎の事を理解していく。
こう言うのは嫌いじゃない。むしろ嬉しいとさえ思える。


もっと、もっと、色んな事を知りたいと思うんだ。